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30 森の主




「キャロルお嬢様、知ってますか? なんでも筆頭宮廷魔導師様のお屋敷で、爆発騒ぎがあったそうですよ? みんな魔術実験の失敗とか噂してて、当の魔導師様は否定しているみたいですが、怖いですよねぇ」

「………へぇ」

 世の中物騒ですね。街中でそんな怖いことが起こるなんて、おちおち夜の散歩にも出られません。

 ……って、アレ、筆頭宮廷魔導師の屋敷だったんですか。なんですかっ。筆頭宮廷魔導師って攻略対象の虚弱体質の親ですよね。どこでニアミスしましたかっ。

 ……虚弱体質の子供? いや、あれ? なんか怖い考えになりそうなので深く考えるのは止めましょう。私は未来に生きるのです。


 少しばかり人生を見直す為にあの魔族の村にでも行ってみましょう。けして現実逃避をしているわけではないのです。

 きっと今頃は魔物達に囲まれたのどかで平和な村で、みんな晴れやかな笑顔で人生を謳歌していることでしょう。


「魔女殿、貴殿を見込んで相談したいことがありますのじゃ」

「…………」

 魔女モードで転移する早々、夜にも拘わらず憔悴した顔の長老さんが駆け寄ってきてそんなことを言い始めました。

 おかしいですね……。せっかく人族奴隷狩りの襲撃から逃れて、私が出歩いても怯えて姿を隠す程度の、気弱な魔物しかいない平和な土地に戻ってこられたというのに。

「そんなのあんただけじゃっ! こっちに着いて襲ってきた魔狼の群れを、範囲魔法の一撃で殲滅しおってからに、魔族の伝説にある魔王様かとおもったぞいっ」

「…………」

 そうそう、聞いた話によると魔王というのはいないそうです。

 魔族の王様が魔王なんじゃないの? と思いましたけど、『魔王』と言うのは過去に人族と戦った時に魔族を纏めた人物を人族がそう呼んだそうで、現在は名誉称号として百年間名乗った人はいないみたい。

 三つあった魔族の国も人族との戦争で二つ消滅して、残った王は撤退しましたが、その人も魔王は名乗っていないとか。

 VRMMOのほうの新作に出てきた他の大陸の魔王はなんだったのでしょうか?

 でも撤退する時に腹いせに占領した人族の土地に魔物を解き放つとか、そういう所は魔族なんでしょうか。

「ん? 魔女殿、なにを言っとるんじゃ?」

「ん?」


 なにか認識に齟齬があるような気がします。

 まぁそれよりも、とりあえず私になんの用かと問うてみると、あの人族から襲われた新しい村はここから丸一日程度しか離れていない。前回の戦闘で戦士の数が減ってしまったのでまた襲撃を受けたら不安がある。戦士が減ったのでここらの魔物も危険だ。あ、それなら、さらに数日奥へ行ったところに古い遺跡があるからそこに移ったらいいんじゃね? 移動は大丈夫だよ。そっちの魔物はここより弱いし。みたいな内容でした。


「じゃあなんで、最初からそこに住まないの?」

「そこにはなんと、昔から森の主と言うべき強き魔物がおるのじゃっ!」

「………あ、そう」


 展開が読めました。そして期待を裏切らない私。

 実を言うと『森の主』という響きが琴線に触れたのと、転生して偶然手に入れたプレイヤーの力が、どのくらいなのか確かめたいと思う気持ちもあったのです。

 なにしろあの国には、とても強いという剣聖がいますからね。その騎士団を丸ごと相手に出来るようにならないと安心できません。

 強い相手はスキル上げのチャンスですし。


 長老に場所を聞いた私はどうにかするべく、その場所へ向かうことにしました。

 良いように使われている感はありますが別にただじゃありません。その遺跡で見つけた物は、後で彼らが見つけた物でも優先的にいただけるそうです。

 その場所までは徒歩で数日かかるみたいですが、私なら大した距離ではありません。

 そこに向かう途中、彼らが後から通れるように凶暴な魔物だけを優先的に排除していく。でも確かに、奥へ進むほど強い魔物が減っているような気がします。

 あまり凶暴ではない魔物は適当に放置して森の奥に進むと、月明かりに照らされた遺跡が見えてきました。

「………ほぅ」

 なかなか良い眺めですね。さすがに建物は残っていなくて土台のみでしたが、それなりに広いようで家さえ作ればすぐに住めそうな感じです。

 でも水場がありませんね。少し遺跡を探索してみましょうか。


 そよ風に揺れる草花。聞こえてくる虫の音色。草を食む角の生えたウサギのような魔物。その中をゆっくりと進んでいくと、木々に囲まれた泉のような場所で、唐突にそれは現れた。


『エルフの混じり物か。ここは我が住処。ここに何の用だ?』

「…………」

 それは、人の言葉を喋る、大きな翼を持つ黒い竜でした。

 でも普通の竜とは違いますね。黒竜なら艶やかな黒い鱗ですがふさふさとした毛が生えて、この竜は通常のお腹周りがメタボっぽい体型ではなく細身で、前脚が大きい獣っぽい姿をしていました。

「ホネ、食べる?」

『……犬じゃない』

 食べないみたいです。

「普通の黒竜と違う」

『当たり前だ、我はあのような知能の低い連中とは違うっ。古竜種である『闇の竜』であるぞっ!』

「へぇ」

 私の知っている古竜とは随分違いますね。まぁ、私が知っている古代竜なんてリジルをお腹から出したニーズヘッグくらいしか知りませんけど。

『それでなに用だっ、矮小なる者よっ』

「ここに人がいっぱい住む。ダメ?」

『良いわけあるかっ! 竜の息だけで吹き飛ぶようなエルフ風情が、竜の恐怖を魂に刻みつけ死すが良いっ!』


 交渉決裂です。最初から交渉なんてしないですけど、竜は意外と短気ですね。


「【all(オール) Protection(プロテクション)】【Holy(ホーリー) Enchant(エンチャント)】」


 では私も本気です。防御の【聖結界】と攻撃面では武器に聖属性を持たせるホーリーエンチャントを使います。元はアンデッド用の魔法ですが相手が闇属性なら効果があるでしょう。


「【Acid(アシッド) Cloud(クラウド)】」

『ぐっ、貴様っ!』


 闇竜が炎のブレスを吐いてくる。ニーズヘッグのレベルは90。私がリジルを取った時は私もレベル70程度でしたので、その頃の通常のプレイヤーには脅威でしたが、後になって高レベルになった廃プレイヤーなら、三人で普通に狩れました。

 この闇竜のレベルは分かりませんが、私も本気を出したほうが良いでしょう。

 炎のブレスは無視です。ウィッチドレスはこんな時の為に防御面を高めにしているんです。


「【Death(デス) Slug(スラッグ)】」


『ぐおおおっ!?』

 抜き撃ちした魔銃ブレイクリボルバーで【戦技】を放つと闇竜は驚愕の叫びを上げて後退する。

 私も炎のブレスでダメージを……あれ? そんなに痛くありませんね。1割も減っていません。

『我にこれほどの痛手を与えるとはやるなっ!』

「…………」


 飛びかかってきた闇竜の牙をリジルで受け止め、【剣舞】で回転しながら斬り込むと闇竜は悲痛な叫びを上げた。

 ……あれ? レベル60の竜とあまり変わりません。

 いえ、レベルは高いのでしょうが、非戦闘スキルでレベルを上げた感じでしょうか。レベル90のニーズヘッグは、戦闘スキルだけで90でしたから異様に攻撃が痛かったんですけど……。


「……Set【Saint(セイント) Cloche(クロシュ)】」


 防御面最高のセイントクロシュに着替えて、ゆっくりと近づくと、痛手を与えた闇竜が警戒した様子を見せる。

『我を舐めるなっ!!』

「ん。【Enchant(エンチャント) Strength(ストレングス)】」

 咆吼をあげて襲いかかってきた闇竜を受け止め、一時的に筋力を上げる魔法を自分に掛けた私はそのまま闇竜を地面に押し付けた。

『き、貴様っ!』

「おーよしよしよし」

『や、やめろっ、離せっ! 顎を撫でるなっ! 腹を撫でるな、やめろぉおおっ、ああああああああああああああああ………――』



 ずっと闇竜のもふもふを堪能していると、気が付いたら二時間が経過していて、私の腕の中で巨大な闇竜がぐったりとしていました。

『………や、やめ…』

「あ、うん。………ごめん」


 いつの間にか勝利していたようです。思っていたよりも闇竜の毛がふさふさだったのがいけないのです。

 とりあえず闇竜と和解した私は、彼を駆除するのは止めてここの番犬として飼うことにしました。

 彼は数千年もこの地に住んでいたそうですが、竜が来るとみんな逃げていくのであまり戦闘の経験は無いそうです。

『この地に住んでいた魔族も、我を見ただけで逃げ出したからな』

「え?」


 また認識の違いがありました。ここらの地域って、百年前の戦争で人族から魔族が奪い取った土地じゃないのですか?




番犬ゲットです。この世界の生き物は、高レベル相当でも戦闘スキルだけで上がっているわけではないので、ゲームより弱めです。


次回、戦争の真実。日曜更新予定です。


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