14 兄妹の……絆?
私専用課金装備――アルジュナクロシュ【Arjuna Cloche】
VRMMORPGで私が製作した三つの専用装備の一つで、遠隔攻撃主体、と言うよりも遠隔攻撃しか出来ない“尖った”性能の弓兵装備です。
これが使えることをすっかり忘れていましたね……。
頭【遠隔命中上昇40%】弓・銃・投擲の命中率が上昇します。
胴【遠隔攻撃上昇20%】弓・銃・投擲の攻撃力が上昇します。
腰【遠隔スキル上昇5%】遠隔スキルによるボーナスが5%上昇します。
腕【矢の速度上昇40%】矢弾の速度を上げ、敵の回避を妨げます。
足【戦技命中上昇40%】戦技の命中率が上昇します。
弓【戦技威力上昇20%】戦技の威力が上昇します。
本当に尖ってます。物理防御力もウィッチアーマーより低いので、高レベルの大規模PVPではカモでしたね。ただし【戦技】を撃たせたら高レベルプレイヤーでも大抵は一撃なので、仲間達からは『紙装甲の固定砲台』とか言われていました。火力万歳。
形状は、細めのカウボーイハットとやたらとヒラヒラした外套が深緑色。半袖で丈の短い極ミニのピッタリと身体に沿う革鎧と、膝丈ブーツが白。
そして黒の短パン。
また厨二病時代の産物で、エルフの狩人なら半袖短パンは当たり前だと、生腕生太股丸出しのデザインにしたのです。
そしてまた何故か一式装備の隠し効果、“異性への命中+5%”が付きました。異性のハートを物理的に狙い撃ちです。
突然こんな格好に変わった私に、背後でディルク兄様から息を飲む気配がしました。
でもワイバーンが迫っている状況でそんな事には構っていられないので、私は銀の矢を取りだして、アルジュナクロシュ専用武器、銀の魔弓【Gandivam】を構える。
これもバカデカいし命中補正無しなので、アルジュナクロシュ以外では使えません。
でもこの際だからとことんやりましょう。
「Set【Doubling】」
私の“命令文”で目の前に60センチほどの光る“魔法陣”が浮かぶ。
戦闘系スキル70で取得する【戦技アビリティ】の一種で、次に放つ【戦技】の威力を倍加させます。
ただし、魔力を三倍消費して、戦技発動時間とリキャストタイムも倍になる。命中率も若干下がるので、接近戦の【戦技】ではほとんど使えませんし、本当にこの装備以外では扱える自信はありません。
『ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
迫り来るワイバーンに私は魔弓ガーンディーヴァを引き絞る。
身体強化でゆっくりと流れる知覚時間の中、遅々として進まない魔力充填と、背後からディルクの悲鳴が聞こえてきます。
――ちゃんと見ていなさい。
間近に迫るワイバーンが巨大な牙を剥き出した時、私は【戦技】を解き放つ。
「――【Empyreal】――」
『――――――ッ』
一閃。銀の矢がワイバーンの眉間を撃ち抜き、ついでに【Empyreal】の直径1メートルの光が、頭部とその後ろの胴体も粉々にして断末魔さえ残さず焼き尽くした。
「……………」
やっちゃいました。完全なオーバーキルです。
誰ですか、この世界の竜種がゲームよりも強いのかもしれない、なんてことを言った人は? 普通に普通の強さじゃないですか。
【Empyreal】は、遠隔スキル85と攻撃魔法スキル70で覚える魔法属性の【戦技】で単発の五倍撃です。
ガーンディーヴァの基礎攻撃力が60+銀の矢15で、レベル95のステータス補正とスキルボーナスで攻撃力が247。これに身体強化と装備補正で通常攻撃が330になります。
ワイバーンの防御値が200のランクCなので、物理耐性50%と物理カット50で通るダメージが115。五倍撃+20%で【戦技】ダメージが940。
そして駄目押しの二倍撃。ちなみにワイバーンのHPは約800。
これは、【Doubling】で倍加させる必要もありませんでしたね……。まさか粉々になるとは思いませんでした。
ゲームだとドロップアイテムは残りましたが、これは無理そうです。色々売れそうなので少しは期待しましたが。
倒しはしましたが、どうせ私が一撃で倒したなんて誰も信じないでしょうから報奨金なんて出そうにありませんし、信じたら信じたで貴族絡みで厄介そうなので、これは無かった事にしたほうがいいですか? ……ん?
その時、ひゅるひゅると空から落ちてきた何かを片手で掴むと、それは大人の拳大ほどもある、戦技の魔力で白熱化したワイバーンの魔石でした。
これだけは残りましたか。思わずカバンに仕舞い込んで辺りを見回すと、腰を抜かしてへたり込むディルクと目が合ったので、私はそっと唇に人差し指を当てる。
「内緒ですよ」
***
あの後、街からもワイバーンが見えたのか、街の兵士達が来たのでさっさとディルクを渡して私はとんずらしました。
実を言うと体力がギリギリでしたからね。それでも街の屋台で、トウモロコシの粉をクレープ状に焼いて野菜を挟んだタコスっぽい物を買えるくらいの余裕を持って屋敷に戻れました。
夜にちゃんと戻ってこれたメイヤ達の話によると、お城に戻ったディルクの証言で、最初にワイバーンに突っ込んでいった下級騎士と兵士はともかく、逃げた貴族の上級騎士と上級使用人は、数ヶ月の減俸になったらしいです。……良く生きて帰れましたね。
そして案の定、貴族の騎士が失態をしたので、ワイバーンの出現自体が無かったことにされました。さすが貴族汚い。
それに伴い、ワイバーンを引き連れてきた派手ジミー一行の責任もうやむやになりましたけど、私がちゃんと商業ギルドにチクっておきましたので、ワイバーン発見情報の報酬も消えたそうです。私が代わりに貰っておきました。
それからマイアによると、あの日からディルクは子供っぽい悪戯とかしなくなったそうですよ? 私の教育が効きましたか?
それから数日後、ディルクと三歳のほうの私が邂逅する機会がありました。
私は現在の体力を増やす為に屋敷のお庭でラジオ体操もどきをしたり、屋敷の周辺を30分くらい掛けてお散歩するようにしているのですけど、いつもはマイアがついてきてくれるのですが、ちょっと目を離した隙に、マイアの姿が見えなくなってしまったのです。
迷子ですか? 多分私が。
仕方ありませんね、捜しますか。何故迷子になったほうの私が捜そうと思ったのかは謎ですが、どうせ大人に変わればすぐに戻れると油断していたのでしょう。
私が体力を付ける理由は何ですか? 体力を付けて変身時間を増やす為です。
まだ体力がない今の状態で動き回ったらどうなるでしょう?
そんな感じで歩き回っていたら、知らない場所で動けなくなりました。これは戻ったら叱られます。
まぁ、焦っても仕方ないのでカバンからおやつを出して、食べながら体力を回復していると、そこにバッタリとディルクお兄様が通りかかったのです。
何故に通りかかる? こっちのほうには私達の屋敷しかありませんよ?
「なっ、なんだお前、どうしてこんな所に居るっ!?」
「……?」
それはこっちの台詞です。何だか妙に慌てていますね。私の教育が効いて大人しくなったかと思いましたが、それほど変わってなさそうです。
「まったく、亜人女はみんな無愛想だなっ。そんなだから父上や母上にも嫌われるんだぞっ。さっさと立てっ」
「………」
まったくその通りですが、向こうが嫌っているので私から歩み寄る気はありません。それに面倒くさいので立ちたくないから私が小さく首を振ると、ディルクが小さく舌打ちをする。
「ちっ、確かキャロルだったな? 迷子かっ。お前のような奴が僕の妹だなんて、誰にも見せられないなっ」
「………」
「仕方ない奴だっ、ほらっ」
座り込んだまま(面倒なので)動かない私に、あれほど文句を言っていたディルクが私を『妹』と呼び、手を差し出した。
「……なぁに?」
「僕が特別に連れて行ってやるっ。手を引いてやるから、もう迷子になるなよっ」
「…………うん」
私は差し出されたディルクの手を取って、そっと立ち上がる。
なんと言いますか……兄妹らしいですか? ギリギリですけど。
前世でも兄妹は居ましたけど、こんな風に手を差し伸べられたことは一度もありませんでした。もしかしたら前世の兄とも、こうして手を繋いで歩ける可能性もあったのかもしれません。
屋敷へと続く森の道をディルクと並んで歩きながら私は、兄妹の存在を少しだけ良いものだと、生まれて初めて感じていました。
***
嘘です。兄なんていりません。
あれから何故か、ディルクは供も連れずに、数日に一度は必ず私達の屋敷に顔を出すようになりました。
兄妹もちょっとだけいいなぁと思いましたけど、こんな兄はいりません。
「ふんっ、キャロルは軽すぎだなっ。ちゃんとご飯は食べているのかっ」
「………」
今日もディルクは私を膝の上に乗せて、一緒にお菓子を食べたり絵本を読んだりしてくれています。
「こんなに小さいと、将来が女性らしく柔らかくなるか不安だなっ。もう少しご飯を食べないと綺麗な脚にはならないぞっ」
と言いながら、私の脚を撫でたり、
「ふんっ、長い耳だなっ。これだから亜人女はっ」
と私の耳に指で触れたり、
「気持ち悪い真っ黒な髪だっ、これは人には見せられないなっ。キャロルは僕の妹なんだから、他の貴族に見られないように、僕の部屋にずっと居ればいいんだっ」
「…………」
え~~……なんですかこれぇ。何かやばい感じに執着を感じるんですけどぉ。
その様子を柱の陰からマイアがハンカチを噛みしめながら見つめている、カオス。
あれ……? こんな状況、どこかで見たことあるような。ちょっと待って……。
ディルクの今の蕩けるような表情って、……もしかして『攻略対象者』の一人だったりします? お兄様。
「キャロルは怪力になったり強くならなくていいからなっ! 大人しくていたら、一生部屋から出なくてもいい様に、僕の部屋に置いてやる」
「……………………ぇ?」
ゾワッとした。ゾワッとしましたっ。
これってまさか、私の『監禁ペットルート』に入りましたか?
ディルクお兄ちゃんは立派なハーフエルフフェチになりました(笑) でも強いハーフエルフは怖いので、妹を理想的なハーフエルフに育てるようです。
キャロルの教育の成果ですね。キャロルの妨害にもへこたれない精神の成長を見せています。
次回、一度閑話を挟みまして、第二章『王都編キャロル五歳』に入ります。それとストックが尽きましたので、更新に数日間が空く場合がございます。ご了承下さい。




