30:断髪
『はあ…ようやく認めてもらえたわね』
自室に戻るとクロエは茶髪のウィッグを外し、ベッドに身を投げ出した。寛ぐ姿を複数の男に監視されているとは夢にも思っていないのだろうが、それにしても目の前のシンを男と扱わないのもどうかと思う。もっとも、ペット同然だったのが早々変わるものでもないが。
『よかったのですかお嬢様……毎日毎日こき使われて、今までの貴女の生活からは一転して辛い生活なのでは』
『宿賃がないんだから、女将さんの好意に甘えて何日もぶらぶらする訳にはいかないでしょ。それにね、私は今すっごく楽しいの。グレース夫妻も臨時のお手伝いさんも宿泊客も、みんないい人たちばかりで』
『そうですか? 本来お嬢様には近付く事の許されない、ガラの悪い連中に見えますが』
『そう? 貴方も随分と王都に染まってしまったわね』
私のせいだけど、と言うとクロエは裁縫用のハサミを取り出し、自慢の艶やかな黒髪を肩付近でまとめると、おもむろにバツンと切り落とした。
『な…ッ!!』
「「「「!!」」」」
シンのみならず、この流れを注目していた者たち全員が絶句した。クロエはくずかごにまとめた髪を放り込むと、涼しげになった首元をわしゃわしゃ撫でている。
『ふー、すっきりした』
『何をお考えなのです、御髪を短くするなど罪人のする事ですよ!?』
『実際、罪人でしょ私。魔水晶の入手だって長期戦になるかもしれないし、その間ずっとウィッグつけてなきゃいけないなら、この方が楽よ』
『そうでしょうが……修道院でもここまではされませんよ』
カラフレア王国では、短髪の女性は罪人か正式な聖職者に限られ、少なくとも嫁入り前の女性が肩より短くするのはあり得ない。問題のある令嬢は修道院に送られると厳しい戒律の下、慎ましい生活を強いられるが、送り込まれた者が心から悔い改めれば帰る事ができる。一生ぶちこまれる、なんてのは反省の色のない者への揶揄であり、実際に髪を短くする必要はない。
あまりにも躊躇なくバッサリ断髪してしまったクロエは、傍から見て正気を疑われても仕方のない事だ。
『髪なんてすぐ伸びるわ。それに、ここには貴方しか見ている人はいない。…違う?』
探るような眼差しに、やはり彼女は気付いているのではないかと思えてくる。それにしては少々はしたない振る舞いも見受けられたが、まさか自分を追い出したレッドリオに見られているとは考え付かないだろう。
「なんて女だ……」
知らず、口から驚きの声が漏れてしまう。ダークは憐れんだ表情で首を振っていた。
「あいつは愚かだが、プライドが高い。そんな奴が粗野な連中にいいように使われ、精神が崩壊したんだろう。見ていられん」
「そうか? 俺は見直したけどな。案外、気持ちのいいヤツだったんだな」
クロエを擁護するとも思えるダイの発言に、セイは信じられないと言った目で彼を凝視する。
「本気ですか!? 貴方のタイプは守ってあげたいかよわい女性だったのでは」
「そう言う意味じゃねーよ、ただ友達としては有りってだけだ」
「それでも信じられません……女性が自ら髪を短くするなど」
言い合いをする二人を横目に、イエラオは愉快そうにクスクスと肩を揺らす。
「彼女何だか面白くなったよねぇ、カナリアがいなきゃ好きになってたかも」
「今からでも愛妾として拾ってやったらどうだ」
彼の趣味嗜好が理解できないレッドリオはそう揶揄してやるが。
「止してよ、僕は誰かさんみたいに婚約者を不安にさせたくはない」
こちらを見もしないで即座に切り返す弟はやはり生意気だった。





