16:早朝の聖教会
次の日、レッドリオは聖教会に足を運んだ。礼拝堂では修道女姿のモモが聖女像を磨いている。本来であればモモは最終学年に進級しているはずなのだが、真の聖女と認定され、本格的に修行を始めるために休学扱いなのだ。
「あらベニー様! こんな朝早く、教会に何か御用ですか?」
「おはよう、モモ。お前こそ随分早起きだな」
鈴の音のような声に、ついやに下がりそうになる。彼女のためとは言え、婚約破棄した女を監視し続けて溜ったストレスが癒されていく。一方のモモは、いつもの眩しい笑顔は鳴りを潜め、少し疲れが出ているようだった。
「教会はすっごく早く起きなきゃならないんです! 毎朝五時起きで朝食前に大掃除ですよ? もうクタクタだし、お腹鳴らないようにするのが大変で…」
「そんなにきついのか。俺が神官長に言って免除してもらおうか? モモは真の聖女なんだから、本来は修行なんて必要ないんだし」
「そんな…いいんですかっ!? でもベニー様にそこまでして頂くのは悪いです…」
「気にするな、また美味いクッキーでも焼いてくれればいい」
「はい、あまり教会の厨房は自由に使えませんが……ベニー様には、特別ですよ」
唇に人差し指を当てて微笑むモモは、まさに天使。モモを守る同志たちは抜け駆け禁止が暗黙の了解だが、現在はレッドリオが優勢だと感じている。何せ、他の連中には秘密でこうして度々会っているのだ。
「俺がここに来たのは、無論お前に会いにだが……聞きたい事があってな」
「なんでしょう?」
「知っていたらで構わんのだが、チャコ=ブラウンと言う名に聞き覚えはないか?」
レッドリオの問いに、モモは目を見開く。やはり実在していたようだ。
「チャコは二年間、私のクラスメートでした」
「そうか。仲は良かったのか?」
「入学したての頃は向こうから話しかけてくれて、色んな情報を教えてくれました。同じ平民同士で話も合いましたし。最近は疎遠になっていますけど……彼女が何か?」
「いや、追放したクロエをシンに監視させているのは聞いたな?」
「……はい」
辛そうに眉を下げるモモに胸が締め付けられる。横暴な主人に今なお仕えなくてはならないシンに心を痛めているのだろう。それは彼女の優しさ故だと分かってはいるのだが、どうにも妬けてしまう。
「実はトラブルがあってな。野盗に襲われて馬車を失くした二人は一時宿屋で働く事になったのだが」
「!」
「その時クロエが名乗ったのが『チャコ=ブラウン』と言う偽名だったんだ」
「そう……なのですか。クロエ様はご存じなのですね、チャコの事」
考え込むような仕種をするモモに、レッドリオは彼女がクロエによって孤立させられていた事を思い出す。
「お前たちは元々親しかったんだろう。きっと疎遠になったのもクロエのせいだ。だが心配するな、もうあいつはいないんだ。俺からまた友人に戻れるよう働きかけてやる」
「えっ? ま、待って下さい殿下!」
チャコの素性が分かったところで、用は済んだと聖教会を後にする。モモが何かを言いかけていたが、レッドリオの耳には届かない。
次に向かう先は、先日卒業したばかりの学校だった。目的の人物は知ったばかりの本物のチャコ=ブラウン。もちろんこれから、悪女クロエが勝手に自分の名を騙っていた事を教えてやるのだ。





