99話
つい先ほど後にしたばかりの学園都市内の邸宅へと戻り応接室へと通す。
馬車を取りに帰った時にすでに最低限の準備をしてくれていたらしい。
「すみません。たいしたおもてなしも出来ずに」
「そ、そんなことありませんわ! 呼んでいただけただけでも、わたくしは嬉しいんですもの」
うーん。この純粋な子を騙しているような気持ちはなんなんだろう。
まあ実際に、俺に好意を持ってくれてるレアンドラ嬢に対して気持ちを利用してる自覚はあるんだけどさ。
今回のこのお茶会とも呼べないお茶会で、少しでも俺とレアンドラ嬢が懇意にしている。とまではいかなくとも交流があるとそれとなく社交界に知られたらいい。
おそらく今回のお茶会に関してはレアンドラ嬢からバルツァー将軍に伝わる。
そこからカリーナ派へ、カリーナ派から俺派を名乗る貴族への牽制で広まればいい。
内容はどうであれ、俺がレアンドラ嬢を邸宅に招いたことは確か。
その事実さえあれば、バルツァー将軍たちは上手いこと俺とレアンドラ嬢の仲をでっち上げて勝手に俺派を押しとどめてくれる。
それに対して俺派がどう動くのか、この辺りは俺派を名乗る貴族連中が俺をどうしたいのかがわからないので臨機応変に対応するしかないだろう。
レアンドラ嬢と他愛もない会話をしながら、お茶を飲む。
思考は今後自分が王宮に戻った時に直面するであろう面倒ごとについて。
しばらくそうしていると、ふとレアンドラ嬢との会話が途切れた。
「あの、わたくしとのお話はライモンド様にとって面白くございませんか?」
その言葉に、少し驚いてしまった。
確かに今後の王宮での面倒ごとについて考えていたけど、それを理由に適当に会話をしていたつもりもない。
それでも、何かレアンドラ嬢は違和感を覚えたんだろう。
「いいえ。すみません、何か貴女を不快にさせたでしょうか?」
とはいえさすがにイエスと言ってしまえばレアンドラ嬢に失礼なので、しらを切ることにした。
「そうですか? それならいいんですけれど。ご迷惑でしたらおっしゃってくださいね」
控えめに笑うレアンドラ嬢は、まさに令嬢の鏡と言ったところか。
「あぁ、そういえば、レアンドラ嬢から何通も手紙をいただいたけんなんですが」
「あ! 忙しいのに何通もお送りしてしまって申し訳ございませんわ」
申し訳なさそうな表情をするレアンドラ嬢に慌てて手を振る。
「いえいえ! むしろこちらこそ申し訳ない。実は諸事情で俺は普段この屋敷とは別のところに住んでるんです。なので、先日ホフレからあなたの手紙の話を聞くまで送ってきてくださっているとは知らず。なので、迷惑とかそういうわけではなく。今後、もしも俺に送る手紙があれば、ホフレに渡してください。王宮の中だと、家族とキュリロス、それからホフレしか今の住まいを知りませんので」
「送って、いいんですの?」
俺の言葉に、驚いた様子のレアンドラ嬢。
まぁ、社交界で俺あんまり手紙の返事しないしなぁ。
いや、しないと言えば語弊があるか。
返事はするけど、お誘いの手紙にはすべてお断りで返しているのだ。
それは社交界では有名な話だからなぁ。
あとレアンドラ嬢に関しては、今どこに住んでいるのか、ということを聞いてこないないあたりも好感度高いし手紙くらいなら全然かまわない。
正直、そこは聞かれても答えられないし、今のレアンドラ嬢もそれを聞ける立場ではないからな。
「もちろん。俺も、上流階級のコースでレアンドラ嬢がどんなことを学んでいるのか気になるしね」
レアンドラ嬢からの手紙があれば、ホフレからの手紙とは違った角度からの情報が手に入るはずだしね。
今も昔も、女性のコミュニティは強いからなぁ。
「ええ。そういうことでしたら、手紙を送らせていただきますわ。そういえば、ライモンド様のことは学園でお見掛けしたことがありませんの。どちらの科にいらっしゃるのですか? わたくしは騎士科ですので、商業科や技術課でしょうか。その、お嫌でなければ、今後パーティーを作っての実習の際にでもご一緒できればと思ったのですけれど」
「科が違っても俺とパーティーを組むんですか?」
「え? ええ。科が違えば、役割分担も出来ますもの。もしかして、もうどなたかと組むお約束を?」
この辺りは上流階級のクラスと庶民のクラスとで考え方が違うみたいだ。
「ライモンド様のご友人でしたら、ぜひわたくしもお近付きになりたいですわ! もちろん、ご迷惑でなければですけれど」
あぁー·····。上流階級だから人脈作る方が大事だもんなぁ。
そりゃ科が違った方が人脈広くなるしなぁ。
あとは人の使い方や交渉術も学べる。
上に立つものの振る舞いってやつか。
学園で舐められる振る舞いをすれば、今後社交界に出たとしてもその関係は滅多なことで変わることは無い。
逆を言えば、学園で良い関係を形成できればそれは一生ものの繋がりになる。
だから科が違っても、騎士科と魔道士科みたいな面倒ないざこざは無いんだ。
「俺の所属は、秘密」
まあ、そもそも俺は上流階級コースじゃないからそうそう会えないし、言えないんだけどね。
ピンと人差し指を立て己の口元に当てた。
「では、会えたらその時にまた改めてお願い致しますわ」
やっぱりレアンドラ嬢は立場を弁えている。
多分、彼女は公爵家ということを抜きにしても社交界で地位を築ける。
俺の許嫁に、なんて言ってないで政治家としてフェデリコ兄様の元で働くことを視野に入れて教育した方がいいんじゃないの?
俺のお嫁さんとか役不足過ぎない?
ずかずか踏み込まないし、人の顔色読むの上手いし。
そんな事を考えていたからだろうか、
「レアンドラ嬢は、俺の許嫁の件どう思ってるの」
と、そんな事を口にしていた。




