97話
屋敷に入ると、意外ときれいだった。
少なくとも俺は一度も来ていないのだが、埃一つない。
「使用人によって、毎日掃除はされていますので」
疑問に思っていた俺の表情に気づいたのか、キュリロス師匠がそう教えてくれた。
「おそらく手紙類はまとめて執務室においてあるかと思いますが、見に行かれますか?」
「はい、そのために来たので」
キュリロス師匠のエスコートの元、執務室に入ると手紙が大量に机の上に置かれていた。
「お、おおう。やっぱり溜まってるよなぁ」
とにもかくにも一度読んでみようと椅子に近寄るとキュリロス師匠がすぐに椅子を引いてくれる。
素直にそれに座って手紙を読む。
内訳は正直話したこともない貴族からが七割。
バルツァー将軍からが一割、レアンドラ嬢からも一割、残りは王宮にいたときに世話になった商人の皆さんからのダイレクトメールだ。
取り合えず有象無象の貴族からのメールは無視をする。
まずはバルツァー将軍からの手紙。
要約すると、学園生活はどうですか、とか。お茶会に来てほしいとか、この貴族には気を付けてとか、あれ?
ホフレよりもよっぽどちゃんとした情報書いてない?
そして、後半になればなるほど、娘に返事を頂けませんか? という親としてのお願いが書かれていた。
そのままレアンドラ嬢からの手紙を開く。
こちらも、最初は学園生活はどうかという内容から始まり、学園でよければお茶会をしないかというお誘い。
あの日パーティの場で会うのを楽しみにしているとおっしゃったのに。と言ったような軽い恨み言。
ものすごく申し訳なくなってくる。
そして最後の手紙。
迷惑だったのであれば、もう送らない。踏ん切りがつかず送り続けてごめんなさい。といったような内容だった。
本当なら、このまま俺のそばから離れて行ってもらったほうがいい。
俺の中には『俺』というおっさんがいるわけだし。
マヤ派、というか最近は俺派か。とカリーナ派のいざこざとかあるから。
でも、このまま疎遠になるのはちょっと、あまりにも申し訳がたたなさすぎる。
しばらく悩んで、悩みに悩んで、それからペンを執った。
まずは手紙を返せなかったことに対する謝罪。
それから、行けなかったがお茶会に誘ってくれてありがとうという内容。
今はこちらの屋敷とは別の家に、諸事情で隠れ住んでいる。
だから、手紙を送る場合はバルツァー将軍から、ホフレ・カッシネッリを通して送ってほしいという内容。
時間はかかるが、できるだけ手紙は返したい。
そんなことを書き綴って、一息つく。
ぐっと椅子に座ったまま伸びをすると、丁度そのタイミングでこんこんっとノックの音が鳴り響いた。
「ライモンド殿下、そろそろ休憩なさってはいかがですか?」
手には湯気の立ち上る紅茶を持っている。
「うん。今ちょうどひと段落ついたところ」
バルツァー将軍にも似たような手紙を書くとして、ほかの貴族への返事はどうしよう。
市井に紛れていると返事を出せば絶対に何か余計なことをされそう。
俺を探すとか、パトロンになるよとか。
そっちへの返事は保留かなぁ。
掴んでいた諸貴族からの手紙をばさりと箱の中に投げる。
「そちらは?」
「名前と顔の一致しない貴族からの手紙」
王族としてそれはいかがなものかと思うのだがスーパー引きこもりをしていた弊害がここで……。
「取り合えずレアンドラ嬢とバルツァー将軍にだけ返事を書きますね」
「おや、今までバルツァー殿とはあまり懇意になありすぎないように気を遣っていらっしゃったのに、そのお二方に渡す分だけでよろしいので?」
「うん。最近俺派の貴族がいるってホフレに聞いたから。俺派を名乗る貴族のいいようにはさせないでねってホフレにお願いはしてるから、俺はカリーナ派のバルツァー将軍と手紙で駆け引きかなぁ」
正直、そろそろバルツァー将軍も俺の見た目で油断してくれなくなってるだろうし、あんまり駆け引きとかしたくないんだけどなぁ。
この面倒くさささえなければもう少し交流したいんだけどなぁ。
「さて、と。もうそろそろ帰ろうか」
「おや、もうよろしいので?」
「うん。手紙は書き終えたし、手紙を返さない貴族の手紙の処理に関してはホフレに一任しようかなって。」
秘技丸投げ。
ホフレなら俺のお願い事を嬉々とやってくれるにちがいない。
いや、まじでやってくれそう。
そう考えると、そろそろ一度会っておきたいな。
「キュリロス師匠。ホフレに、俺が一度俺派の貴族とかの話もあるから会いたがっているって伝えておいていただけませんか? 詳しい時期についてはまた手紙でお伝えしますって」
「もちろんでございます。バルツァー殿とレアンドラ様へのお手紙もお預かりいたしましょうか?」
「じゃあ、お願いします」
キュリロス師匠に二人への手紙を手渡して、屋敷を後にする。
帰りはこちらに来たときよりも目立ちたくないので、やはり歩いて帰る。
キュリロス師匠はしょうがなさそうに笑って、俺らしいと言ってくれた。
「目立ちたくないのは本当だけど、それ以上にキュリロス師匠とこうやって一緒に話して歩けるのがうれしいので」
「そういう…………っ、ところも変わっておりませんなぁ」
ふっと表情を緩めたキュリロス師匠と談笑しながら道を歩いていると、俺たちの横を通り過ぎる馬車が一つ。
ふとそちらに視線を投げかければ、窓から見える珊瑚色の豊かな髪。
バチリといつか王宮で見た空色の瞳と目が合った。




