96話
さて、実際に辞めさせられるのはもう少し先にはなるだろう。
辞めても俺はありがたいことに王宮からの仕送りがあるからしばらくは大丈夫。
それよりも、直近の問題は。
「キュリロス師匠!! お久ぶりです!」
「ライモンド殿下! お久しぶりでございます。久しくお会いしておりませんでしたが、少し身長が伸びましたな?」
今日は第七王子として、学園都市内の王宮の屋敷に向かうので、王子様スタイルだ。
髪色は黒に戻し、オールバックにして目を出している。
服装も平民としていつも来ている服よりも幾分か華美だ。
もっとも、服の質自体は比べ物にならないくらいいいが。
「それにしても、ホフレ殿からライモンド殿下の護衛のお話を聞いたときは驚きましたぞ。あなた様は、もう学園を卒業されるまで戻ってこられないものとばかり」
言葉とともに、へにょりと耳をたたんだキュリロス師匠。
イケオジのしょんぼりした表情ってどうしてこんなに萌えるんでしょうね!?
「戻りますよ。だって、キュリロス師匠は俺の懐刀ですから。何かあった時にそばにいないと意味ないでしょう?」
「で、あるならば。私のことも学園へとお連れしてくださればよいではありませんか」
「だめですよ。有名人でしょう? 『血濡れの剣帝』さん」
冗談半分でそう呼んでみれば、いつもパーフェクトなキュリロス師匠が何もない地面で躓き、体勢を崩した。
珍しいこともあるものだとキュリロス師匠のほうを見れば、今まで見たこともないほど顔を赤らめていた。
「どちらで、いえ。ライモンド殿下は騎士科でしたね。そちらで聞いたのでしょ。しかし、いや。忘れてくだされ。あの頃の私は若かったのです」
姿勢を正してから、恥ずかしそうに手で赤く染まった顔を隠してしまった。
しかし、すぐに俺に対して無礼だと思ったのかその手を下した。
「とりあえず、どうして血濡れなのか教えてほしいです」
でも、ゴメンなさい!! 俺の! 探求心が! 止まらない!!
「ぐっ……。そ、れは。もともと、剣帝と呼ばれる冒険者がほかにおりまして。彼は私がS級になってすぐに引退されたのですが、その時の呼び分けの名残と、前剣帝を知るものからそう呼ばれ続け、はい……今に至ります」
「…………いっぱい魔物を倒したから? その魔物の血に濡れてたから?」
「うぐっ。と、当時は。その、荒れていたといいますか。魔物の血を流す手間も惜しく、冒険者ギルドに出入りしていた故………っ」
なるほどいわゆる黒歴史か。
王子である俺の質問に答えないなんていう選択肢キュリロス師匠にないから、黒歴史であっても語らないとだめだなんて。
なんか、ごめんなさい。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それ以降はかわいそうなので俺が話題に出さなかったため、徐々に顔の赤みも引いてきた。
「それはそうと、何も徒歩で移動せずともよろしかったのでは?」
王宮からの別宅へと移動中。はじめはキュリロス師匠が馬車を用意してくれていたのだが、まだ学園都市内の地理を把握できていないので、歩きで行きたいとお願いしたのだ。
しばらく俺と話をしながら歩いていたキュリロス師匠だが、しばらくじっと俺の体を見て、それから嬉しそうに表情を緩めた。
「? キュリロス師匠? どうしました?」
「ああ、いえ。不躾でしたな」
「いえ、それは別に気になりませんでしたが、どうかしましたか?」
別に不快にはならないけど、純粋に気になる。
「学園に入られてから、身長が伸びたのと同時に少し筋肉も付きましたな。王族であるあなた様にこう言っては失礼に当たるやもしれませぬが……。弟子の成長というものは存外うれしいものだなぁ、と。そう思いまして」
再び照れたようにはにかむキュリロス師匠にノックアウトされた。
いや、これは卑怯だわ。
俺の師匠が尊い!!
そうこうしているうちに周りの家の大きさが尋常じゃなく大きくなりだした。
多分、貴族の邸宅の立ち並ぶ区画に入ったんだろう。
「あぁ、あちらですよ」
キュリロス師匠が指し示した場所にある邸宅を見て、俺はやはりかと言葉を失う。
まあ、当たり前だけどでかいよねぇ。
昔ベルトランド兄様と一緒に行った北の庭園の兄様曰く『小屋』は、本当に『小屋』だったんだなぁと思うレベルで大きいお屋敷だ。
「さすがに勉強しに行くのに、この屋敷に住もうとは思わないなぁ」
「ライモンド様でしたら、でしょうなぁ」
ハハッと乾いた笑いを漏らしたキュリロス師匠が先導して門を開けてくれる。
というか、学園からここまで歩いて通おうと思ったら一時間以上かかるんだが??
「貴族は毎日この距離馬車で移動しているの?」
「それに加え、貴族は一部学問を免除されますので。各々家で学んでいるだろうという配慮と、それから通常冒険者になろうとするものはおりませんので」
なるほどだから俺はこれっぽっちも王族だと思われていないのか。
髪色と目の色隠したこと以外はほとんどそのまんまの俺なんだけど。
「じゃあ、レアンドラ嬢と会わなかったのもそれが理由か」
「おそらく。バルツァー殿のご令嬢であれば、騎士科であっても貴族コースに進まれていらっしゃるはずですから」
「え!? レアンドラ嬢騎士科なんですか!?」
まさかの言葉に俺は思わず声を上げた。
今俺の所属している騎士科のクラスには、女性はいないからなぁ。
でもそうだよなぁ。女性でも剣を振るってもおかしくないよなぁ。
レアンドラ嬢、どんな戦い方をするんだろう。
「女騎士って響きがもういいよね」
「……世には、それを嫌がる男もいるのですが。もっとも、私は女性が一番輝いていられるのであれば、それでいいと思うのですが」
さすがキュリロス師匠。
学園に入ってから、というかマリアがキュリロス師匠と結婚してから会う機会が減ったけど、マリアが幸せに暮らせているのであればそれに越したことはない。
ゼノンとネストルにもまた会いたいな。
あの日マリアに抱えられていた赤ちゃんも、そろそろ大きくなって人を認識できる年ごろだろう。
「あー! そんな話をしてたらマリアたちに会いたくなった! 今度の休みに遊びに行ってもいい?」
「おや、学園に行かれている間は控えるのでは?」
「マリア不足で俺が死んじゃう」
未だに俺はマリアコンだ。
俺としては歳の離れたお姉ちゃん感覚。
久しぶりに会いたくもなるし、幸せにしてるかどうかが気になる。
もっとも、相手がキュリロス師匠なので、その辺は心配してないけど。
「ライモンド殿下がいらっしゃれば、ゼノンもネストルも、それにマリアも喜びます」
「キュリロス師匠は?」
「無論。ライモンド殿下のおそばに居れるなら」
本当この笑顔プライスレス。




