93話
「そういえば、ライの使っとる魔法って長い詠唱ないよな」
「そりゃ実戦で使えるかどうかで使ってるからなー。使う魔力量で効果時間と効果を調整できてるから別に困ってないし」
「確かに、魔法の詠唱を省略することで、対戦相手に手の内を明かさないという利点もありますしねぇ」
「ミューラー先生!」
俺とシローの後ろからひょっこりとミューラー先生が顔を出し、そう言った。
「ですが、その分仲間に対しても実際に効果がかかるまでどういう効果の魔法が来るのかわからないというデメリットもありますねぇ」
確かに、早くうてることを優先してたし、シローもアルトゥールも問題なく戦っていたからそこまで考えが及ばなかった。
「確かに、テメェが次にかけてくる魔法の効果がわかりゃぁもう少し動きも変わるかもなぁ」
「せやなぁ。今までは普通に戦っとって、気づいたら動きがはよなったり、いつもより相手の武器が簡単にはじけ飛ばせたりしとったけど、もとから力が強くなるならそれを活かした戦いができるかもなぁ」
シローもアルトゥールも今まで魔法での強化がなくて当たりまえ。
一方『俺』はボイスチャットでもない限りRPGでいちいちパーティーメンバーにこのバフかけるよ! なんて宣言してなかったからなぁ。
「うん、でもそうかぁ。わかったほうがいいなら、適当に呪文つけるかぁ」
何度も言うようだが、この世界では魔導士と騎士が共闘することはない。
なので、バフをかけたい場合は自分で自分にかけることが主流だ。
だから、身体強化系の魔法には呪文がないことのほうが多い。
「考えるのであれば、魔導士科の教師と一度話したほうがいいでしょうねぇ」
前回長期間捕まるから魔導士科の教師と話をするのはもう少し先にしたほうがいいといったような話をしていたので、ミューラー先生の言葉に少し驚いてしまった。
「まぁ、魔導士は呪文に魔法発動の条件やらなんやらを組み込んでいると聞きますしねぇ。下手に素人が手を出すものではないんですよ。もちろん、私も一緒に話は聞きに行くのが条件ですけどね」
魔導士科は専攻魔術によって教師が違ってたなぁ。
ならば、一体こういう身体強化系の呪文について話すのは誰がいいんだろう。
「ふむ。私も魔導士科の教師陣に詳しいわけではありませんが。一番いいのはベルトランド教授に聞くのがいいとは思うんですけどねぇ……」
「ベルトランド先生に、ですか?」
「ええ。確かあのお方の専攻は魔法論理学だったはずです」
「論理学? ですか………」
論理学かぁ。
そういえば、学園に入る前。王宮でベルトランド兄様に魔法を教えて貰っていた時は、魔法の成り立ちやら魔法を使う魔方陣の意味を教えて貰ってたな。
その辺のことを詳しくやる学問なのかな?
「でも、ベルトランド先生とすぐにお話できるんでしょうか?」
俺としては、話しやすいしベルトランド兄様と話せるとうれしいんだけど。
「それは大丈夫だと思いますよ。だって、あなたと話がしたいと言ってこられた魔導士科の教師筆頭があのお方なので」
「え!? そ、そうなんです、か」
「ええ。まぁ、君が乗り気なのであれば、私から詳しい日時に関してベルトランド教授とお話させてもらいますね」
では、と言ってミューラー先生は俺たちと戦っていた相手チームに声をかけに行った。
「ほんなら俺たちはそれぞれ強化してもろた時の戦い方考えよか」
「おう。とりあえず、今日の講義はこんなもんだろ。シロー、行くぞ。ライはどうする?」
手に持っていた剣を担ぎなおしたアルトゥールにそう聞かれた。
シローとアルトゥールとそのあたりの魔法のすりあわせをしておきたい気持ちは山ほどある。
「いや。俺は俺で他に実戦で使える魔法がないか考えてくる。使えそうだと思ったらまた言うから」
俺のその言葉に、シローもアルトゥールも楽しそうな笑みを浮かべ、訓練場の真中へと駆け出した。
このあたりが俺との違いだろうなぁ。
確かに剣を振ることは楽しいけど、同じだけ魔法のこと考えるのも面白いもの。
「お、オリバー! 久しぶり!」
「ん? あぁ、ライ。最近図書館に来られていなかったから久しぶりだな」
「ずっと共同研究?」
「そうだ。まぁ、自分自身のためにもなるし、面白い分野だから忙しいこと以外には特に文句はないんだけどね」
前回あった時よりもどこかやつれた様子のオリバーを心配しつつ、彼の隣に座る。
「今日はライは何を読みに来たんだ?」
「今、騎士科でも身体強化の魔法をかける役と実際に戦う役を分けて、と言っても主に俺と友人だけなんだけど、そういう戦い方をしてて。それで、身体強化以外の魔法を使えないかなって思って」
「なるほど…………この間言ってたやつか。あれから、僕も騎士科の阿呆どもをうまく使えないかと思っていくつか魔法を考えていたんだ」
そう言ってオリバーがカバンから一冊のノートを取り出し見せてくれる。
「身体強化、攻撃力や素早さを上げる魔法はもう使ってるならあとはこのあたりかな」
何ページかめくってからオリバーがトンっと指でノートを指し示す。
「肉体の硬化、剣に属性付与、相手を盲目にする魔法に、…………ってこれすごいな!?」
今までなぜこれを思いつかなかったのかと言いたくなるほど多種多様な連携用の魔法が書かれていた。
「はは……っ。いやぁ、今までにない分野だったから楽しくてつい、ね。でも、これで今この分野においての第一人者は僕とライってことになる。なんというか、わくわくしないか!?」
そう言ったオリバーの目はキラキラと輝いていた。
「正直、僕が試したい気持ちはある。けど、僕にはこれを実戦で試してくれる騎士の友人がいないし、いたとしてもうまくできる自信がない。だから、君に託そうとおも、う」
どこかさみしそうな、残念そうな目でノートを見つめ、書かれた文字をいとおしそうに指で撫でるオリバーの腕を、気づけば掴んでいた。
ああ、いつかベルトランド兄様が言っていた言葉の意味が分かった。
「俺を、見くびらないでくれる?」
思った以上に低い声が出た。
それにびくりとオリバーが体をはねさせた。
「友達の研究を自分のものにするほど、落ちぶれてないんだけど」
「そ、うか。すまない……そんなつもりはなかったんだ」
もちろんオリバーはそんなつもりで言ったんじゃないってわかってる。
でも、今自分でこの分野の第一人者になるって言ったんなら、それを俺に託すなよ。
「それに、騎士の友人ならいるじゃん。ここに」
もう一つ俺が怒ってるところは、そこ。
オリバーの腕をつかんだまま、逆の手で俺自身に指をさす。
「俺も、騎士のはしくれなんだけど」
一瞬呆気にとられたような表情をしたオリバーが、ふっと表情を緩め笑みをこぼした。
「ふふ。確かにそうだな。じゃあ、今度この魔法を試させてくれるかい?」
「最初からそう言えよ、頭でっかち」




