87話
「だから、ほかの店に圧力をかけてこの店をつぶそうとしたんですか?」
俺の言葉に、ジュゼッペさんも、ジュリアも、ジネブラさんでさえ信じられないと目を見開いた。
「…………なぜ、そう思ったんだい」
落ち着き払った声。一切の焦りはない。
「俺、業務内容的にあまり外出しないんです。仕入れ業者に会うこともないし。でも、そんな俺が唯一この店で働いていることを口に出したことがあります」
「うちの店か」
そう、あの日アルトゥールに聞かれてこの店の名前を答えた。
外でこの店の名前を口に出したのはあれが最初で最後。
「俺が店の資金を確保するために商品を売りに行くと買い叩かれた。なのに、俺の友人が売りに行くと適正価格で取引が成立した。その時点で気づきますよね? 誰かが俺からの商品は買い叩けと指示出してるんじゃないかと」
ジュリアには前から商品を売って金を作る話をしていた。
その話は『相談』という名のもとにジュゼッペさんのもとに届く。
でも、さっさと店を自分のものにしたいジュゼッペさんにとってそれは非常に厄介だ。
「で、俺の存在を探っていたんじゃないですか? でも、なぜか俺の情報は集まらない」
これでも一応王子なので。一応俺には護衛がついているはずだ。
というか一〇〇パーセントついてる。なぜならホフレからの手紙には俺の近況に関して必ず一言コメントが入ってるから。
絶対ホフレの部下が俺の周りにいる。誰かは知らんが。
あのホフレの部下が、俺の情報をそうやすやすと抜かせるはずはない。
ならジュゼッペさんは焦ったはずだ。どれだけ探っても出てこない俺という存在に。
そんな中、あの日ジュゼッペさんの店で俺はこの店の名前を出した。
「俺の動向は探れないし、わかっているのは俺の名前と今後しようとしていること。そこに容姿が加わった。もし俺が店の品を正式な価格で売買して店が持ち直したら? ジュゼッペさんはこの店を手に入れることがより一層難しくなる」
「なんで、そんなこと…………っ。伯父さんは、私たちのことを邪魔するの!?」
泣きそうな表情のジュリアに、ジュゼッペさんが顔をしかめた。
でも、ジュゼッペさんの気持ちがわからなくもない。
「そりゃ、俺がいなくなったらまた経営がだめになるからでしょ」
俺の言葉に全員の目が俺に向く。
「俺は少なくとも学園を卒業、というかパーティーを作っての研修が始まったらジューノに来れなくなる。そしたらまた経営は傾く。だって今迄俺の知恵で何とかしてたから。じゃあそれは根本的な解決にはならない。遅かれ早かれ店をたたむことになる」
「ジュリアたちは勘違いしているようだけどね。私だってこの店が大切だ」
俺の言葉を引き継ぐように、ジュゼッペさんが話し出した。
「彼が一〇〇パーセント善意でこの店を立て直しているとなぜ言える。この店から搾取するかもしれない。乗っ取る気かもしれないとは考えなかったのか? 君の前でいう言葉ではないが、ジュリアが君の話をするたびに私は危機感を覚えた。このままでは、ジュリアはたとえ君がこの店をつぶす気だったとしても喜んで店も自分も母さんも、すべてを差し出すとね」
その危機感は間違ってない。
むしろ、頼むからジュリアはなんでもまず疑ってかかってくれと言いたくなるレベルで考え方が子供のままだ。
「この店は私の弟の店だ。見ず知らずの君にくれてやるくらいならたとえ嫌われようとも私がつぶす」
「その話なんですけど、それって本当につぶさないとだめなんですか?」
「…………は?」
まずそこだ。
ジュリアも言っていたが、なぜ共同経営、オーナーと店長の関係ではだめなのか。
「オーナーになったらいいじゃないですか。資金繰りはジュゼッペさんが一括管理。骨董品に関して知識がなくとも、ジュゼッペさんの伝手ならいくらでも探せるでしょ。金も仕入れも全部オーナーのジュゼッペさんが管理して、『今週の新規入荷』ってことでジュリアに言って渡して売ってもらう。それじゃダメなんですか?」
「その場合、私がこの店を買い取ることになるからギルド上でのこの店の名前が変わることになるんだが」
「業務提携は? ジュゼッペさんが経営方法と商品の提供。それをジュリアの店が買い取って、店で販売。あくまでその形式を崩さなければいいんじゃない? 人員に関しては提携先だからお互いに研修っていう形でジュゼッペさんのほうからこっちに派遣すればいいんじゃない?」
やりようはいくらでもあるのに。なんで思いつかないの?
「盲点だった。私がこの店の経営方針に口を出すのはギルドの法で禁じられているからもう買収するしかないと」
「法とかあるんですね」
「そりゃそうさ。基本的にほかの店の経営方針に口を出せないようになっている」
「なら、ジュゼッペさんが人員と経営メソッドを商品としてジュリアの店に販売すればいいんじゃないですか? 商品の取り扱いに疑問があったら販売元に聞いて解決方法を聞くのは禁止されてないでしょ」
「…………人材の販売」
「人身売買じゃないですよ。売るのは労働力。ジュゼッペさんが働きたい人と、労働力の欲しい店との仲介人をするんですよ。商人としての伝手があればどこが労働力を欲しているかわかるでしょう?そこに働きたいけど、誰が労働力を求めているかわからない人を紹介する」
厳密には違うかもしれないが、派遣会社とか、ハロワの役割をすればいいんじゃないの。
「盲点だなぁ……そんなものも商品になるのか」
しばらく悩んだ様子のジュゼッペさんだったが、決心したようで力強くうなずいた。
「よし分かった。正直、経営方針云々はグレーゾーンだからそれを商品化できるかはわからないが、人材派遣でここに私の知り合いを送り込むことはできるだろう。なんとかしよう。今後はジューノの名前のまま、あくまでジュリアが商い主としてこの店を経営できるように動いてみよう」
ジュゼッペさんの言葉に、ジュリアは目を見開き、ジネブラさんはけげんな顔をした。
「いったいどういう風の吹き回しだい? アンタはだめだと思ったらすぐ切り捨てるタイプだろう?」
「そうだね。でも、いけると思ったことに関して妥協したことはないだろう?」
ふんっと鼻を鳴らしたジネブラさんは、それっきり黙って聞く態勢に入った。
「まず、店の経営、つまり金回りはすべて私が今後派遣した経理担当にやらせること。仕入れに関してはとりあえず今まで通りジュリアと母さんに任せるよ。ただ、経理を送り込んだ後にちゃんと仕入れ担当の人材も派遣する。それまでは、購入前にライ君が一度目を通して、私にどれだけの収益が見込めるか表にして見せてくれ。それから私が許可した物のみ購入する。これはあくまでジュリアの伯父としてアドバイスという形をとる」
「え!? 俺が見るんですか!?」
まさかのここで俺か!!
「あたりまえだろう。正直、畑違いだから私は現場に立てない」
「俺だって、学園があるんでいつもいるわけじゃないです」
「だが、この中で唯一こういう品に詳しいのは君だろう? しかも、馬鹿正直にジュリアや私に店の経営に関してアドバイスをするお人よしだ。信用はできる。もちろん、信頼するにはまだ値しないがな」
にこりとこちらに笑みを向けるジュゼッペさんに、少したじろいだ。




