86話
普通に考えて、一代であれだけ店を大きくした天才が身内にいるなら頼るよね? なんでこんなに経営困難になってるの??
「初めは頼りましたよ。でも、商人として成功するビジョンの見えない私の支援はできないって」
「いやいやいやいや。だとしても、経営のノウハウとか。そうでなくとも、共同経営者もしくはオーナーの立場にはなってもらえばよかったじゃん?」
オーナーをそのジュゼッペさんに。店長をジュリアにすればよくない?
収入支出はすべてジュゼッペさんに報告して売り上げも一度全部オーナーのもとに集める。で、そこから店の予算と店長であるジュリアへの給料を配分する。
ジュリアに商いの才能がないなら、あくまでジュリアは販売員で店の中枢を担う部分をそのジュゼッペさんとかいう伯父さんがやったらよくないの??
ストレートにそう言えば、ジュリアは心底理解できないと首を傾げた。
「パパのお店なのに、伯父さんが経営するんですか?」
俺は頭を抱えた。
「逆に聞くけど、なんで伯父さんが経営したらだめなの」
「え、だって。このお店はパパのお店で。私はもともとこのお店で働いてて、いつかパパの後を継ぐって話をしてたから」
「あくまでこの店はジュリアのお父さんの店で、伯父さんの店ではない、と?」
俺の問いにこくりとうなずいた。
子供か?? 視野狭くない?
「あのな。今のジュリアには店を経営できるだけの力量はないって、わかってるよな」
「そ、それは。はい……」
「なのに、なんで経営面でプロの伯父さんを頼らないの?」
「た、頼りました! 経営がうまくいかないから教えてほしいって、お願いしたんです。でも、伯父さんは私には向いてないからやめろっていうばっかりで」
しゅんっと下を向いてしまったジュリアに頭痛を覚えた。
「この世界には吸収合併、共同運営、子会社という概念がないのかな??」
「吸収されたら、もうそれってジューノとしてはお店を開けないってことですよね?」
あー、ほん? なる、ほど?ジュリアにとって伯父さんに経営を任せるイコールこの店がなくなると同意なのか?
なるほどわからん。ジュリアと話してもわからん。とりあえず、ジュリアがなんで伯父さんに経営を任せなかったのかは分かった。
でも、なんで伯父さんのほうがジュリアの店舗経営に対してそれだけ消極的なのかがわからない。
「とりあえず、一回その伯父さんとやらと話をさせてくれ!!」
俺派切実に叫んだ。それだけでここ数週間の俺の胃痛の原因がなくなるかもしれないからなぁ!
◆◆◆◆◆
あれから数日、俺はいつも通りカランコロンと音をたて、店の扉を開く。
「あ! ライさん!!」
嬉しそうにこちらに笑みを向けるジュリア、と。
「え、っと。初めまして?」
「おぉ! 初めまして。君がジュリアと母さんが言っていたライくん、だろう?」
金の髪をオールバックにした鷲鼻が特徴的な男性。
あの日フラディーノでレジに立っていた男性だ。
彼がジュリアのおじさんということか。
「ジュリアから店の経営に関して君が話をしたいと言っていると聞いてね。最近彼女からの質問がいつもよりも具体的というか、内容を持つようになってなぁ。姪に知識を教えたのがどんな相手なのか、気になっていたところだったんだ」
「なるほど、そういうことですか」
前に俺が会わせろと言ってすぐにジュリアが掛け合ってくれたのだろう。じゃないと忙しいはずの彼がわざわざこちらに足を運ぶとは思えない。
「弟の子供だ。私も何とかしてやりたいのはやまやまだったんだが、正直骨董品に関しては私の専門外でな。手を出してもうまくいくとは思えなくて経営に関しては断っていたんだが、何を話したいのかな?」
ははっ。と乾いた笑いをこぼしながら頬をかく。しかし、その眼は俺を完全に値踏みしてる。
「もう! 伯父さん! ライさんを立たせたままでお話しするつもりですか!? ごめんなさい、この間ライさんに聞いた話を伯父さんにしたらぜひ話をって……」
申し訳なさそうに眉尻を下げながらそう言ったジュリア。
でも、ここで別の系統とはいえ店を経営している、それも信頼できる、とは一概に言えないが、まあ頼れる大人の知り合いができてよかった。
「母さんとももう一度話をしたいと思っていたところだ。君の話を詳しく聞きたい。今日この店自体は臨時休業にしようと思うんだが、それでもかまわないかね?」
「もちろんです」
店の奥へと進む。
奥のスペースは店の物置なんだが、そこからさらに階段で二階に上がれるようになっている。
その階段を上がると、普段ジュリアとジネブラさんが生活している居住スペースだ。
もちろん建物の外階段を上って居住スペースに出入りすることも可能になっている。
二階に上がるとジネブラさんが人数分の紅茶を用意していた。
「ふん。久しぶりに帰ってきたと思ったら。また店の話かい。アタシはこの店をたたむつもりはないよ! あの子に任された店なんだ。あの子がたためっていうんならまだしも、アンタに言われた程度じゃあたたみはしないよ。その子まで連れてきて、これはうちの問題だ! あんた、口をはさむんじゃないよ!!」
いつも通り言葉はきついし、取り付く島もない。
しかし、そんなジネブラさんに慣れているのか、ジュリアの伯父は俺とジュリアを連れて椅子に座った。
「改めて、私はジュゼッペ。大通りのほうで学生向けの装飾品とか武器、防具全般を扱ってる店のオーナーだ」
「フラディーノのですよね? 存じ上げています。俺はライ・オルトネクです。今年学園の騎士科に入りました」
「騎士科に? 驚いた。ジュリアから本物の魔石を見抜いたと聞いたからてっきり魔導士科かと」
ここでもか!! そんなに騎士科で魔法に詳しかったらおかしいか!? いや、おかしいんだろうな、普通は!!
「よく言われます」
「そうか…………今年そういう子は多いのか? だとしたらうちにおいてる商品のラインナップも少し見直さなくちゃならない」
「え? いや、たぶん俺と俺の周りの人たちだけだと思いますけど」
「そうか! いや、でも今後そういう需要も増えるのか? どちらにせよ、ライ君が今後もうちの店を利用してくれるなら、そのあたりは少し改めよう」
うんうん、っと納得したようにうなずくジュゼッペさん。
「あの、お話をしても?」
「ああ! そうだった、いやすまない。つい商売の話になると面白くて本筋からずれてしまう」
「だから彼女さんにも逃げられるんですよ! 伯父さんもいい年なのに」
「全くだよ。弟のディーノはこんなにかわいいジュリアをアタシに見せてくれたっていうのに」
姪と母親からのダブルコンボにジュゼッペさんは瀕死だ。
やめて差し上げて。もうジュゼッペさんのライフはゼロよ!!
「は、はは。つい、店の経営を優先してしまってね」
「そんなに経営が好きなら、この店も何とかおし。あの子が、アンタの弟が残した店だよ」
いつもよりも静かな、でも重みのあるその言葉にジュゼッペさんは真面目な顔をし、そして息をついた。
「そのための話をしにきたんだ」
真剣な表情のジュゼッペさんが、ジュリアを見る。
「店の経営状態に関しては、ジュリアに大体聞いている。正直、その話を聞いて私は借金ができる前にこの店をたたむべきだと判断した」
それには俺も同意できる。
正直ド素人もいいとこのジュリアとジネブラさんがこの店を経営しても行き着く先は借金地獄だろう。
「正直、私はそれでいいと思っていた。そうしたら借金は私が返して、ジュリアと母さんの二人を引き取るいい口実になると、な。それでジュリアには学園に通わせて、ゆくゆくは私の認めた男と結婚させて店を継がせるつもりだった」
商人だから、というと偏見になるが、きっちりしている。
大通りで店を経営しているということはそこそこ金はあるんだろう。
問題は後継ぎ。
現状いないのであれば、信頼できる姪っ子を自分の認める男と結婚させれば実力主義者も、血縁がどうとうるさいやつらも黙るというわけだ。
「だから、現実的なアドバイスはせずにジュリアと母さんの好きにさせていたわけだが」
ふとジュリアを見れば、その瞳には涙がたまっていた。
まあそりゃそうだよな。信じていた人からの言葉がこれだもんな。
ジュゼッペさんもそれに気づき、眉尻を下げて少し笑った。
そういう表情は二人ともよく似ている。
「ライ君が来て、首の皮一枚とはいえつながった」




