83話
学園での講義が終わり、そのままバイト先の骨董品屋に行く。
「あ! ライさん!! お疲れ様です!」
看板娘のジュリアが明るく俺を出迎えてくれた。
「お疲れさま。今日は新規入荷あった?」
「いえ……。いつも仕入れに来てくださる方が今日は用事があって来られなかったんです」
しょぼんと眉尻を下げジュリアがそう言った。
最近露骨にこの店に商品を卸してくれていた商人が遠のき始めた。
まぁ、正確にいつ頃ジュリアの父親がいなくなったのかはわからないが、父親がいなくなってからのこの店の経営がそれだけ信用できないものだと判断されたんだ。
買い叩かれる商品とわかっていて、いいものを卸すのなんて馬鹿みたいだからな。
「うーん。そろそろ本格的に専門家探さないとやばいぞ。商人は信用が第一なんだ。ほかの商人から見放されたら、この店に寄ってくるのはこの店をいいように食いつぶそうとするやつらばっかりだぞ」
「知り合いの方に助けていただければよかったんですけど……」
「おおかた、店をたためって言われた?」
「…………はい」
そりゃそうだ。学園の商業科を卒業していたとしても、商人として成功できるのは一握り。
それが、学園も出ていない初等科を卒業したばかりの、骨董品の見極めもままならないジュリアを見て、それでも応援するような大人はいないだろな
商人として、きちんとやっていけるようになるまで俺が面倒を見る?
いや、無理だろう。今は学園にいるから自由にさせてもらえているけど、ある程度大人になったら俺も王族としての責務を果たさないといけない。
じゃあ俺の知り合いを紹介する?
紹介するとして誰を?
ホフレに頼めば明日と言わずに今日中に適任者を送ってくれるだろうが、俺が学園からいなくなった後は? それでも俺のわがままでずっといてもらう?
でも、俺がたまたまここを見つけたから支援しているけど、ここと同じような状況の店探せば腐るほどあるだろう。
まぁ、だからと言って見捨てることができないからこれだけ悩んでるんだけど。
というか、店の経営状態的に新しい商品を入荷する余裕は正直あまりない。
とはいえ、新しい商品がなければ今ある商品を消費するだけなのでいつかは行き詰る。
路地裏にある目立たない店なので日々の客足は多くはないが、それでも日に数人は訪れてくれる。
なんなら、今までジュリアがふざけた価格設定をしていたおかげというべきか、せいというべきか魔石が文字通り破格で買える店として知られてたのでそのころの常連さんがいる。
「あーあー。君が来てから魔石の値段があがったんだけど」
「そんなこと言わずに買ってくださいよ。とはいえほかの店よりも安いでしょ?」
「まあねぇ」
たまにそんな話をしながら、おそらく学園の魔導士科の先生が魔石を購入してくれる。
これがうちの店の主な収入源。
裏を返せば、ジュリアの父親がいた時の主力商品と思われる家具や価値のある雑貨類はほとんど売れない。
そりゃそうだよな。そのあたりの家具を買うためにこんなマイナーな店に来る人のほうが少ない。
「売りさばくかぁ」
あっても店を圧迫するだけなら、多少仕入れ値よりも安くなってもほかの店にうっぱらって資金に 変えて、そのお金で今の主力商品である魔石とかを仕入れたほうが圧倒的にいい。
自分で売りに行くのは伝手がないのでできるだけ避けたい。
「ジュリア」
「どうしましたか? ライさん」
今日も今日とて暇なので、手持無沙汰そうに店内の掃除をしていたジュリアに話しかけると、不思議そうに彼女が振り向いた。
「商品はジュリアのお父さんが依頼してた仲介業者がまだ持ってきてくれてるんだよな?」
「う、うん。最近はパパがいた時に比べれば頻度は減ったけど、週に一回は来てくれてるわ」
「その時に、この辺の家具を多少安くなっても引き取ってもらえないか聞いておいてくれないか?」
俺がそう言うと、ジュリアはこてりと首を傾げた。
「商品を自分たちの店で売らないんですか?」
「伝手とか、需要があるならここで売るよ。でも、現状売れてないし、置いておくにしてもこれ以上は劣化がねぇ。俺もジュリアもそのあたりの知識ないから。それに、魔石が少なくなったから補充したいけど、その元手が心もとない」
そこまで言えばジュリアも納得したのか、こくりとうなずいて笑みを浮かべた。
「わかりました! では、次に仕入れのおじさんが来たら話してみますね!」
と、そんな話をしたのがすでに数週間前。
なのに、まだ家具が一個も売れてない。
引き取り拒否をされたわけではない。
そもそもあれ以降一度も件の仕入れ業者が来てないのだ。
「い、いままでこんなことなかったんですけど」
不安そうに眉尻を下げたジュリアにこちらも頭を悩ませる。
最後にその業者にあったのはジュリアだし、俺は昼間学園で、一度もその業者にあったことがない。
とはいえ、頼みの綱である業者経由で売れないとなると、俺やジュリア自身で売るしかない。
ジュリアに任せたいところだが、思いっきり買い叩かれる未来しか見えない。
それなら店をジュリアに任せて、俺が売りに行ったほうがいい気がする。
「まあ、こないなら仕方がない。とりあえず、今度売れそうな店見つけて俺が売ってくるよ」
「すみません、お願いします」
申し訳なさそうにそう言ったジュリアの頭にポンっと手を置く。
「頑張って乗り切ろ? お父さんが残してくれた大切なお店なんでしょ」
「っ。ありがとう、ございます」
そう言ってジュリアは頭を深く下げた。
俺よりも小さな体に、薄い肩。
これが庇護欲? 父性?
何というか、初等科を出ただけのジュリアはひどく世間知らずな印象を受け、ついつい世話を焼いてしまう。
「あの、ライさんっ」
「ん? どうした?」
ジュリアが意を決したように顔を上げた。
何か言いたげに口を開いては閉じ、そして視線が落ち着きなさげにさまよう。
頬がわずかに赤く染まっており、これは恋愛に疎い俺でもやらかしたことがわかる。
「っと、悪い。馴れ馴れしかったな」
すぐにジュリアの頭の上に置いていた手をどけて距離をとる。
「妹いるから、ついジュリアにも同じように接してごめんな? なんか、ジュリアを見てたら妹のこと思い出してさ」
俺の言葉に、ジュリアの頬から赤みがひいた。
「ま、ジュリアも俺のこと兄だと思ってもっと頼っていいよ」
「……ありがとうございます」
どこか複雑そうな愛想笑い。
多分、好意を寄せられているんだと思う。
そりゃ店の経営でどうしていいかわからない中、ほとんど毎日他人である自分のために頭ひねらせて行動してくれる年上がいたらちょっとドキッてするよね。
年齢もすごく離れているわけでもない。
とはいえ、ジュリアがその感情を俺にぶつけてきてくれても『第七王子』である俺が応えられるはずもない。
結局最後には、俺はこの店から去るし、ジュリアがどれだけすがってもそばにはいてやれなければ連れていくこともできない。
この考えが杞憂で済めばいいが…………。
ふとジュリアに視線を向ければ、その眼にはわずかに涙がたまってる。
「あ、の。少し、後ろの在庫見てきますね!」
「ん。了解」
でも、ジュリアの様子を見る限り俺の考えが外れているとは思えないんだよなぁ。
初恋奪っちゃった、なんて言えないよなぁ。
こんなことで頭を悩ませることになるとは……。
何はともあれ、ジュリアのことよりも店のこと。
今度アルトゥールとシローでも誘って市場調査に買い物でも行くかぁ。




