78話
「ここ! 私のおすすめのお店なんです!!」
案内されたのはいわゆる大衆居酒屋なのだろうか。
店に入ると、厨房の見えるカウンター席に複数人で座れるテーブル席。
各テーブルは間隔が狭く、お隣さん同士の会話は丸聞こえ。
それが逆にいいのかもしれない。
ひとまず座って飲み物を注文する。
もちろんアルコールではない。
いくつかジュリアおすすめの料理を注文して待つ。
「まず最初に、俺は商業に関してはど素人だ」
「でも、私よりは詳しいですよね」
「君よりは多少ね。でもそれでも素人であることには変わりない。俺にできることは、俺の知っている知識を君に与えて、そのあとはしかるべき専門家を君に紹介する。尤も、今の俺にそのしかるべき専門家がいないのが問題だけどね」
どうやって商業科の生徒とつながりを持とうかな。
考えることが多くて頭痛がしてきた。
ちょっと俺自分で自分にタスクを課しすぎなのでは??
ドMか? 俺はドMだったのか??
学園生活一日目でいろいろ問題起きすぎじゃない?
ちょうど目の前に運ばれてきた料理に手を付ける。
「あ、あの。私は何をしたらいい? 自分じゃ、何がだめなのか、わからなくて……」
無意識のうちに眉間にしわを寄せていたらしく、俺の表情を見たジュリアが情けなくへにょりと眉尻を下げた。
「うーん。とりあえず、ちゃんと支出と収入を帳簿につけることかな」
正確な仕入れ額と、売った金額。利益と、給与。
店の帳簿と家計簿とも分けたいところだ。
こくこくとうなずきながら真剣に話を聞くジュリアに、妹のエルフリーデの姿が重なる。
こう、妹ができてから余計に『俺』よりも年下の女の子に庇護欲がわくようになってしまった。
違う。俺はロリコンじゃない。
たまに俺はこの世界でちゃんと結婚できるのか不安になることがある。
確かにみんな『俺』よりも年下だよ? でも俺は結婚したい。
かわいいお嫁さんが欲しい。
悪いか、これでも俺も男の子だぞ。
「ひとまず、今後どうするかは俺も考えるよ。また詳しい話は俺の中でまとまってから話す」
「どうして、ライさんは今日初めて会った私やおばあちゃんのためにそんなに親切にしてくださるんですか?」
ジュリアはひどく申し訳なさそうに尋ねてきた。
別に俺は善人じゃない。
純粋な好意からジュリアやジネブラさんの事情に首を突っ込んでいるわけじゃない。
普通に少し知り合った人にそのあと不幸があったら寝覚め悪くない?
あの時俺が教えていれば、とか。もうちょっと何かできたんじゃない? とか
極端な善人でも極端な悪人でもないから、ずっとそんなことが頭の中をぐるぐる渦巻いて眠れなくなりそうだから。
でも、そんな理由ご本人様に言えるわけないよねぇ。
「俺にできることだったからだよ。知り合っちゃったわけだし、もう知らないふりはできないでしょ。だから、俺にできることなら手伝おうって思っただけ」
嘘は言ってないよ。でも本音も言ってない。
こっちのほうが理由としてはきれいだし、人間かっこよく見せたいじゃん?
ひとまず話はひと段落ついたので目の前の料理に集中する。
王宮では食べない、でも『俺』にとっては懐かしい味。
めちゃくちゃおいしい! っていう訳でもないけど、まずくない。むしろうまい。
普通にうまい、っていう感じの味。わかる?
夕食にしては早い、昼食にしては遅い食事をとった後、俺はジュリアと別れ寮へと再び歩き出す。
料理の代金?? もちろん俺が払いましたとも、全額な!!
初対面の女の子にお金払わせるわけにはいかないでしょ、紳士として!!
バイトを探していたはずなのに、思わぬ問題を抱えてしまった。
セルフどMプレイですか??
やることが山のようにあるんだが??
寄り道せずに寮へと帰り、郵便受けを確認しその日の郵便物を受け取る。
部屋のベッドに倒れこみ、ともかく自分のやるべきことを頭に思い浮かべる。
まず学園でやること。
魔導士科と騎士科入り混じったパーティーを作るために研鑽する。
協力関係を築くために各科を説得する。
そのための新しい魔法を考えて、剣術とのコンビネーションを試す。
それが今のやり方よりも強いとみんなに認められれば、それが王道となる。
私生活ですること。
バイトをしてお金を稼ぐ。
今のバイト先を立て直す。
そのためには、まず需要と供給の分析。
適正価格の算出。
店のやりくりのノウハウを学ぶ。
というかその辺やってくれる商業科の生徒もしくは大人を探す。
何気に最後のタスクが一番難しくない?
何をやったらいいかさっぱりだもの。
投げ出したい。今日のことだけど、ついさっきの話だけどもうすでに投げ出したい。
わからないことをやらなきゃいけないことが一番しんどいよね。
しかもこれは完全に俺のエゴ。
自分で自分の首を絞めてる。
あれれー、頭痛が痛くなってきたぞー。




