76話
とにかく店の中に入る許可はもらえた。
冷やかして帰るのもあれなので、何か買って帰ろう。
そう思って店の中に入って商品棚を見てみる。
小物から、アクセサリー、本や調度品。
品揃えは結構な数がある。
しかし、商品のラインナップを見ていて、ふとその値段に目が行った。
「は? これ魔伝に使われてる石じゃないの?」
そう、王宮でも使用されている魔伝、に使われているものと同じ魔石。
つまりは高級品。
それが、今日町で見た使い捨てのペンと同じ値段で売られていた。
「あの、これ……」
「なんだ、買うのかい」
ぶっきらぼうにそういった老婆に首を慌てて横に振る。
「いえ、いえ!! そういうわけじゃないんですけど、安すぎませんか……」
あまりにも安い。
別に中に含有されている魔力量が極端に少ないわけでもなさそうだ。
なのにこの価格は……。
「失礼ですが、値段設定はどなたが?」
「ハァ? なんでそんなことを気にするんだい……」
訝し気にこちらを見やる老婆の言葉に、まさかと思い店内を見渡す。
他にもよく見てみれば、貴族の邸宅で使われていても支障がないほど質のいい調度品や、宝石たち。
しかし、店の奥の奥側にあるものは適正値段と言える。
価格設定のおかしいものは、すべて店の入り口付近にある。
「店の奥と手前とで仕入れた人違ったりしますか? このあたりの値段全部変えたほうがいいですよ。これだけいい品を揃えているのにもったいない……。ショーウィンドウの品だって、もっと質のいいものも置いたらいいのに」
と、そこまで話して、先ほどまで俺の発言にかみついていた老婆が一言もしゃべっていないことに気が付きふとそちらを見ると、ぽかんと口を開けていた。
「あの?」
ぼろりと、老婆の目から涙があふれた。
「え、ええ!? ちょ、店主さん!!?」
俺が慌ててそう声をかけると老婆は鼻をすすった。
「悪いね。アンタ、従業員の募集とか言ってたね」
「え、ええ。働くところを探していて」
「給料はそんなにやれないよ。職務内容は仕入れから、店頭に並べるまで。たまに、こっちが何も知らないと思って値切ろうとする輩もいるからね。もちろん接客にもついてもらう」
「え!? あ、願ったりかなったりですけど、そんな大切なこと俺に任せていいんですか!?」
老婆の急な心変わりにうろたえていると、ガチャリと店の扉が開いた。
「おばあちゃーん。ただいまー! っと、お客さん!? ごめんなさい」
金色のウェーブのかかった同年代くらいの女の子がそう言った。
「ジュリア! ちょうどいいとこに帰ったね。今日からここで働くことになった、アンタ! 名前は!!」
「ら、ライ、です」
「だそうだ! ライ! こっちはアタシの孫娘のジュリアだよ。仕事の内容はジュリアから聞きな!!」
「お願い、します……??」
老婆の勢いに押されてそう言えば、ジュリアがそばかすの散った頬を緩ませながら手を差し出してきた。
「ジュリアです! ライさんよろしくお願いしますね!!」
「ライ! あんたの最初の仕事は値段を全部付け替えときな!」
ひとまずジュリアと握手を交わすと、老婆はフンっと鼻を鳴らしながらそう言って店の奥へと進んでいった。
嵐のような人だったな……。
「おばあちゃんがごめんなさい。パパがいなくなってからずっとあんな感じなの」
「……お父さんどうしたの?」
おそらく前店主、というより正しい価格設定をしていた時の店主だろう。
「パパね、お店の仕入れに出たっきり帰ってこないんです。みんなは魔族に殺されたとか言ってますけど」
「その、ゴメン」
初対面の家族の事情にずけずけと踏み込んでしまったことを詫びると、ジュリアはくすくすと笑った。
「いいんですよ! どうせこれから働くならいつかはわかることですし、後になって知るほうが気まずいでしょう?」
「まあ、確かに。じゃあ、なんか急に採用になったけど、これから改めてよろしく。学園に通いながらだからちょっと時間帯によっては店に来られないこともあるんだけど、大丈夫?」
「学園に通ってらっしゃるんですね! 大丈夫ですよ、私は初等科を卒業してそのままここで働いてますから。昼間は任せてください!」
一応ジュリアと会話をすませ、俺は先ほどの老婆、ってあれ。
「君のおばあさん、店長の名前ってなに?」
「ジネブラよ。でも、ジーニーって呼ばれるのは好きじゃないみたい」
ジネブラさんか。息子さんが帰ってこなくなってから、一人でこの店を切り盛りしていたんだろうか。
元は誰の店だったんだろう。
ジネブラさんの旦那さんとか? そこからジュリアのお父さんである息子が継いだ?
それとも最初からジュリアのお父さんが?
よくわからない骨董品の仕入れとか、販売とかをやっても、この店を残したかったんだろうな。
そんなことを考えながら、もくもくと値段の改定をしていると、その様子をジュリアがじっと見ている。
「ジュリア? どうしたの?」
「あ、いえ! 気が散りましたか?」
申し訳なさそうに眉尻を下げたジュリアから視線を商品に戻しながら、否定する。
「いや、別に。でもすごく視線を感じるから。何か気になることでもあった?」
「ライさんって、どこで目利きを学ばれたんですか?」
どこって、言われても。
確かに、『俺』の時は骨董とかどれも一緒に見えたけど、今は全然違うように見える。
しかも、それが当たり前のように値段、つまり価値も瞬時にわかるようになっている。
どう考えても王族としての英才教育ですね、ありがとうございます。
「実家、かなー」
「実家、ですかー。私も実家がここのはずなんですけど、さっぱり」
ちょっと恥ずかしそうにそう述べたジュリアが、俺の横に並び、俺の持っていたポットを眺める。
「ほとんど仕入れも接客もパパがやってて。私も今勉強してはいるんですけど、なかなか見極められなくて」
今ついてる新しい値段もほとんど自分がつけたんです。とまた恥ずかしそうにそう言った。
まあ、そりゃ、実家が骨董品と言えど、初等科を卒業したばかりのジュリアに長年骨董品屋を営んでいた父親の代わりはできないだろう。
「教えようか? と言っても、俺もわからないことのほうが多いから、そんな大したことはできないけど」
そう言って、隣のジュリアに顔を向けると、ちょっと驚いたような表情をしてから、嬉しそうに破顔した。




