75話
あの後、早速今聞いたことを各教授陣に伝えに行くと言って部屋を出たベルトランド兄様を見送って、未だ王族と至近距離で会話したショックから抜け出せないオリバーとも別れ帰路についた。
あのまま図書館にいても、今日の集中は完全に切れたので勉強は進まなさそうだしね。
ひとまず今日は家に帰ろうと、学園から寮までの道を散策しながら歩く。
そういえばバイトはどうしようか。
ふと、そんなことを考えた。
王宮からの仕送りがあるとはいえ、それに頼る気はない。
学園にいる間は、できるだけ王族とか、第七王子とか、そんなことを考えないで暮らしたい。
だからこそバイト代でせめて生活費の足しにしたい。
全部払えるとは思ってない。でも、せめて、王宮からのお金を使うのは通常の仕送りと同じくらいの金額に抑えておきたい。
何かめぼしいところはないかなーと町を歩いていると、こちらに大きく手を振る人影が視界に入った。
「おーい! ライー!!」
「おー、シロー」
小走りで走り寄ってきたのは、騎士科で一緒だったシロー。
「シーシキンは?」
「アルなら鍛錬するー言うてたで。俺は働くとこ探したいし、街探索したいし別れてきたんよ」
「なら俺も一緒に行っていい?俺も働けるところ探してたんだよね」
そう言うと、シローは嬉しそうに顔をほころばせた。
「ライも、実家に仕送りするん?」
街を探索しながら二人で歩いていると、シローがそう聞いてきた。
「いや、仕送りはしてない、けど。シローはするつもりなの?」
そう聞けば、シローは少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「うん、まあなぁ。ボクの住んどった村、ものすっごい辺鄙なところにあるんよ。帝国の、それよりもずーっと東。崖を削ったトンネル通って、それで鬼の住む森を抜けた先」
やはり東の国の出身だったか。
「弱い子やったらそもそも一番近い帝国の学園にも行けん。だからほとんどの子供らがそのまま村で育って、大人になって、家庭を持つ。でもさ、もっと選択肢増やしたりたいやん?」
一族の未来を思って世界一と謳われるチェントロの学園都市まで来たのか。
純粋にすごいと思う。
「せやから、ライも同じような感じかなって勝手に親近感もっとってん」
「俺、は……シローほど立派なものじゃないよ。単純に、家を出たかったから……」
こう言ってしまうと、すごく子供っぽいな、俺。
いや、確かにまだまだ子供なんだけどさ。
でも多少年上とはいえシローも十五歳程度だろう。
いや、ほんとに立派だよね。
「でもさ、それを理由にしても、一人で何の知り合いもおらんこっちまで出てこれる勇気すごいよ」
グサッ! と罪悪感が心臓に突き刺さったような気分だ。
実際にはめちゃくちゃ地元です。
なんなら学園に親族がいます。
しかもこの瞳の色を見せたら一〇〇%警備兵は俺の味方をしてくれる。
ごめんな、ごめんなシロー。
「そういえば、ライはどんな仕事探しとるん?」
「うーん。特に決めてないなー。シローは?」
「ボクは、とにかくお金いっぱいもらえるとこやなー。もしくは、掛け持ちしても問題ないとこ」
なるほど、実入り重視か。
まあ、先ほど聞いたシローの目的を聞く限り納得だな。
俺の場合はどうだろう?
職種的には特に希望はない、が。
問題は髪型なんだよな。
俺の緑の目を隠すためには前髪と、メガネが絶対に必要だ。
そうなると接客業はできそうにないな。
お客さんへの印象悪そうだし。
飲食関係も難しいか……?
前髪伸ばした奴が食品扱うのってちょっと嫌だしね。
そうなると、なんだ……? 裏方の仕事??
何か俺にもできそうなところないかなー?
そう考えながら通りを歩いていると、ふと、路地裏にかかる看板が目に入った。
「骨董、ねぇ」
「ん? なんか気になる店あったん?」
足を止めた俺に気づいたシローも同じく足を止め、ひょいと路地裏を覗き込んだ。
「あー。うん。ちょっと俺見てくる。シローはどうする? ついてくる?」
「うーん。いや、遠慮しとくわぁ。ボクどうせ見ても物の良し悪しわからんし」
少し悩んだそぶりを見せた後、シローはそう言って俺に手を振りながら通りを歩いて行った。
「ほな、ライまた明日なー!」
「おー、明日」
シローと別れて骨董品屋のショーウィンドウを覗く。
骨董品屋なので、当たり前だがいい品ばかりが揃っている。
でも、その品がいいものかと聞かれれば。
「なんというか、そこそこ?」
「なんだい、人の店の品をじろじろ見たかと思えばその言い草は」
「うお!?」
自分のすぐ後ろから聞こえてきたその言葉に、反射的に振り向く。
「さっき通りからじろじろ見てただろう? アンタみたいな若造になーにがわかるってんだい」
白いベリーショートの髪の老女。
鷲鼻に眉間には皺。
「アタシの顔がなんだい。何をそんなに見てるんだい!!」
「い、いえ。ここはあなたの店ですか?」
「だったらなんだい!」
取り付く島もねぇ!!
「いえ、あの。従業員の募集とかは、」
「要らないよ!! アタシ一人でやれてるさ!!」
どうしようもないな。これ。
そもそも俺の第一印象が良くなかった。
「じゃあせめて店の中を見ても?」
そう言えば、目の前の老婆は俺のことをつま先から頭のてっぺんまで、じっくり三度ほど眺めてから、フンっと鼻を鳴らして扉を開けた。
「店の中のものを壊したら承知しないよ」




