74話
ひとまず話を、ということで、ベルトランド兄様、俺、そしてオリバーの三人で図書館にある会議用の小部屋に入る。
会議用と言っても、図書室の本を持ち寄って討論するための部屋なので、そこまで大きくない。
地球に住む日本人が想像するような、小部屋だ。
会議用の机に椅子が六脚ほど。
決して王族基準の小部屋じゃない。
そこに俺とオリバーが横に並び、正面にベルトランド兄様が座った。
「ふむ……少々手狭すぎやしないか?」
「ベルトランド、先生。一般的な大きさの部屋ですよ。」
「そう、なのか」
少し居心地が悪そうなベルトランド兄様に少し笑いが漏れる。
しかし、やはり王族というわけか、はた目には堂々と見えるように座っている。
そんなベルトランド兄様よりももっと居心地が悪そうなのは、オリバーだ。
「だめだだめだだめだ。おうぞくだぞ。おうぞくのかたとこんなこしつでおはなしをするなんて。いやいやいやいや」
もはや顔は真っ青。
ぶつぶつと早口でそう漏らすオリバーが、少し気の毒になる。
「オリバー。大丈夫?」
「……どうして君はそんなに平然としていられるんだ」
心底神経を疑うといわんばかりの視線が向けられた。
そう言われても、ベルトランド兄様は俺の家族なわけだし。
そう考えると、オリバー今すごいことになっているな。
ベルトランド兄様と、俺。王族二対庶民一。
今でさえコレなのだから、俺が王族と知ったらオリバーは卒倒しそうだ。
「それで、私を呼び止めてどういう了見だ」
「あ、えっとですね。魔術の合同研究などはどうしているのかなー、と」
「ライ! ラーイ!!」
横に座ったオリバーが俺の袖をグイっと引っ張って小声で名を呼ぶ。
「何?」
「何? じゃない!! 相手は! 王族の!! それも有名な教授だぞ!? もう少し考えて発言しろ!!」
俺にとっては兄弟間だし、いつもこんな感じで話していたからさほどおかしいとも思わなかったが、そりゃ庶民が王族に対してこんなしゃべり方をしていたらオリバーは驚くよな。
「……失礼、しました。伺いたい話というのは、魔術開発における合同研究についてです」
「……私の生徒の顔に免じて先ほどの発言は聞かなかったことにしよう。さて、合同研究の話だったな」
一拍置いてベルトランド兄様がまた口を開いた。
「合同研究はしていない。基本的にする必要がない。なぜならそれぞれの分野で魔術とは独立しているものだからだ。炎ならば炎。水なら水。理論も、応用も、活用も、そのすべてに専門の教師が存在し、各々教えている。尤も、そのどれにも共通する魔法の基礎に関しては理論学として別に学問の分野がある」
「なぜ。それじゃあ魔術の更なる発展は? 各分野の教授陣の閃き次第ということですか?」
「その通り」
「それでは魔術同士の組み合わせはないのですか?」
「……説明」
言葉短くそう言ったベルトランド兄様の顔が、真剣なものになる。
昔ジャン兄様、亜人と人との間の子の体が弱い原因について話し合った時と同じ顔だ。
「雷の効果を上げるためにはどうすればいいと思いますか」
逆に質問で返せば、ベルトランド兄様が眉間にしわを寄せた。
「その、単純にそそぐ魔力の量を増やせばいいんじゃないのか?」
おそるおそるオリバーがそう答えた。
「それだと魔術の強さは術者の魔力量に依存することになる。もちろんそれも正しい形だと思うけど、魔力量の少ないものが淘汰される。でも戦い方を変えれば戦えるようになる」
「雷の効果を上げる……」
深く考え込むベルトランド兄様とオリバー。
「そんなに難しい話でもないですよ。雷は何に落ちますか、雷はいつ落ちますか。ヒントはいつだって日常の中にある」
「雷は、避雷針に落ちる。つまり、高いところ、それから……金属?」
「雷は雨雲から落ちるものだ。つまり雨、いや。水に関係しているな」
「その通り。でも貴金属を身に着けているからと言って落ちやすくなるのはデマらしいけどね。雷はより高いところに落ちる。そして、水にぬれたものは電気を通しやすくする」
水に濡れると、電気がより通りやすくなる。金属は確かに人の体よりも電気を通しやすいが、雷が落ちた場合は人体よりも金属の方に電気が流れて、逆に被害は軽くなるらしい。
もっともこれも本当かウソか俺には判断つかないけど。
「簡単な話だ。雷、電気の魔術をぶつける前に、水の魔法をぶつければいい。それから相手の体に避雷針代わりの鋼の棒を突き刺してやる。そしたら、相手の体内に電気が流れる」
実際それがどの程度効果があるのかはわからないが、まあ弱い電気でも体内に流し続ければ内臓が焼けただれる。一瞬の強い電力を流したのなら、心臓を止める手助けになるだろう。
「私は、雷魔法も水魔法も土魔法も得意ではないからそれを試すことはできんが、各教授たちに一度話を通してみよう。彼らも私と同じく魔術に魅せられた者たちだ。おそらくすぐにでも合同研究されるようになるだろう」
ガタリと立ち上がったベルトランド兄様が、すっと俺に手を差し伸べた。
「貴重な意見感謝する」
「いえ、こちらこそ、お話を聞いていただいて感謝します」




