73話
もったいない。ただひたすらにもったいない。
この魔導書に載っていることを理論としては理解できても、俺にはこれを発動させられるだけの技術がない。
たとえ数人がかりでも、一人のミスが魔法の失敗につながるこの魔法を発動させられる自信がない。
でも、オリバーは発動させられると、それだけの努力を重ねてきている。
それだけの力量があるのであれば、
「あんたが馬鹿って言ってる騎士科の連中を活かせるんじゃないの」
今の俺には無理だけど。
でも、例えば、オリバーの魔法と、シーシキンの剣術があれば?
こんな十数人がかりの魔法に頼らなくてもドラゴンを倒せるのに。
「馬鹿を…………、活かす……?」
キョトンと、あっけにとられた表情を浮かべるオリバー。
「考えたことも、なかった……」
「魔法を発動させるまでに、魔方陣を描いて、詠唱して。それでようやく発動させられる。そうでしょう?」
「その通りだ。だから魔導士は、冒険者には向いていない。一人じゃ何もできない腰抜けどもなんて呼ばれている」
そりゃ一人じゃ何もできないだろうよ。
MPが高く、特攻が優れていても、HPは低いし紙装甲。
「タンクを導入したらいいんじゃない?」
「タンク……?」
タンクとは。
RPGにおいて、主に敵キャラのヘイトを集めパーティーの盾になる役職のことをさす。
まあ、一口にタンクと言っても、その種類も様々なんだが。
パーティーに欲しいのは、上記のタンク、攻撃の要を担うアタッカー、それからヒーラーだ。
魔導士科の適正がアタッカーやヒーラーだとすると、騎士科の適正はタンクとアタッカー。
この二つの科が手を組めば、今よりもずっと冒険が楽になると思うんだけどな。
「百歩譲って、騎士科が有用なら魔導士科は手を組みますが、騎士科は僕たち魔導士科に従わないよ。僕たちも、魔法に造詣のないやつらと手を組みたいとは思わない。魔法を知らない奴が考えなしに突っ込んでいっても邪魔になるだけだからね」
やっぱり頭でっかちだな。
「でも」
そう言葉を続けたオリバーの方に顔を向けると、すっと目の前に手が差し出された。
「君と組むのなら、話は別だ。改めて、オリバー・ウッドだ」
あの日躱された手を、今度はしっかりとこちらからも掴む。
「ライ・オルトネク。苗字は呼ばれ慣れてないから、ライって呼んで」
「あくまで、君の話が僕たち魔導士科にとって有益だからだ。個人的に、学術的に、君の話には興味がある」
魔導士科のオリバーにそう思わせられたのであれば、十分だ。
正直、今の俺は魔導書を用いての勉強、もしくは一人でできる魔法の練習程度しかできない。
オリバーが騎士科と魔導士科で構成されるパーティを作るために協力してくれるのであれば、これ以上のことはない。
一人よりも二人、二人よりも三人四人いるほうが試せる魔法も、攻撃パターンも多くなるし、研究もはかどる。
研究と言えば。
「オリバーの教室の先生って誰?」
「先生? そうだな、一概にこの先生っていうのはないよ。先生方も自分の研究内容にあったお話をしてくれるわけだし」
「一人の教師による担当制じゃないの?」
「一人の教師による担当制!? 非効率すぎる!! 魔導士科は学ぶ魔術が多岐に渡るから、学ぶ分野によって教師は変わる」
と、言うと中学や高校、大学講義の形態と同じような感じか。
もっともそっちのほうが、専門的なことを深く学ぶ上ではいいのだろう。
「そうなると……、各々の分野での協力体制はどうなってるかわかる?」
「協力体制? いや、さすがに先生同士のそれはどうかわからないな……」
共同研究の有無は不明……。そもそも呪文を新しく開発するときはどうしてるんだろうか。
「そんなに気になるのなら、直接先生方に質問してみたらどうだ?」
「残念ながら、魔導士科の先生には伝手、が……」
ふと、視界に涼やかな水色が横切った。
「ベルトランドッッ!!」
とっさに自分の口を手で覆い、兄様と続く言葉を遮った。
そのせいでベルトランド兄様を呼び捨てにしたような形になり、オリバーがぎょっと目をむいた。
「せ、センセイッッ!!」
「…………元気でよろしい。その元気さに免じて、聞かなかったことにしてやる。何の用かね」
思わず王宮と同じように接してしまいそうになった俺とは違い、ベルトランド兄様はきちんと対応できている。
しかし、その眉間にいつもよりしわが寄っているのは、いろいろ彼自身も耐えているからなのだろう。
「それで、そっちのお前は見覚えがあるな。私の受け持っている講義に参加しているだろう」
そう言ってベルトランド兄様の視線が、オリバーから俺に移った。
「お前は?」
「き、騎士科のライ・オルトネクです」
「ライ……私の弟と同じ名前か。何年だ」
「きょ、今日からなので、まだ一年目です」
「そうか……。歓迎する」
長く一緒にいた俺にだけわかるように、ベルトランド兄様は軽く笑んだ。
「それで、私に何の用だ」




