68話
塀から学園のメインの建物の間までには庭があり、ベンチや噴水なども点在する。
大学が一番イメージに近いかもしれない。
ベンチに座り談笑する者や一緒に本を囲んで悩む者。
学生然とする先輩たちのその姿を横目に学園内を進み、俺はマップに表示される騎士科の教室に入る。
中に入るとまだ授業が始まるまで時間があるためか人はほとんどいない。
大学の中教室ほどの広さ。
大学なら不真面目な学生に人気のスポット。
教室の一番後ろの窓側の席を陣取る。
ただ講義が始まるのを待っているのも暇なので、ベルトランド兄様にもらった魔導書を読む。
王宮で教えてもらっていたものよりもより専門的なものだ。
それこそ学園の魔導士科の上級生が学ぶようなもの。
主にダンジョンに挑むための魔術だが、そのほとんどが前衛の存在を前提としていない魔術ばかりだ。
と言うよりも、剣士や他のジョブを考慮していない。
敵ごと周りの仲間も焼き尽くしかねない火炎魔法。
バラバラに粉砕しそうな水流を操る魔法陣。
かと思えば何人もの術師を必要とする魔術など実戦では到底使えそうにないものばかりだ。
とはいえその理論自体はこれからの俺に役に立ちそうなのでできるだけ頭にたたきこむ。
しばらくそうやって集中しているとふと俺の読む本に影が差した。
「あー?なーんで魔導士科の野郎が騎士科の教室にいるんだよ」
顔を上げればいかにもやんちゃしてますみたいな見た目の男。
銀の髪に青い瞳。
その見た目だけでいうなら北の国の出身だろう。
眉間にしわを寄せ、いかにも不快だという態度を隠しもせずに俺を見てくる。
お?喧嘩売ってんのかコラ。
思わず眼鏡越しに睨み返してしまう。
「お?なんだコラ。ヤんのかコラ」
俺が無反応なのを勘違い(ではないが)したのかさらに睨みをきかせてきた。
なので分かるようににっこりと笑みを浮かべる。
「俺の胸の紋章が見えないのか?だとすれば騎士は向かないんじゃないのか?そんな節穴じゃ魔物の動きを見逃しますよ?」
「…………んだとコラッッ!!?」
「ははッ!人を見た目で判断するなど笑止千万。なんなら今から俺の剣術をその身で確かめるか?ん?」
ピキピキと相手の顳顬に青筋が走った。
そのまま周りに視線を走らせれば、気づかないうちに随分と時間が経っていたようで教室にはかなりの数の生徒が集まっていた。
そのすべての視線が俺と目の前の男に注がれている。
「ホホォ………?その軟弱な肉体で?このオレ様とやり合おうってのかァ!?アァッッ!!?」
「おいおい、そう躍起になると小者臭が酷いからやめとけよ」
挑発すればするほど相手の表情が酷くなる。
「上等だ、コラ。表出ろ。切り殺してやる」
「名前を名乗ろうか?自分を倒した男の名前は知りたいだろう?」
「アルトゥール・シーシキンだァ。よかったなァ?自分を倒す男の名前が知れて」
「え?シーチキン?マグロ?魚なの?魚類が人間様に勝てると思うなよコラ?」
俺も立ち上がりそいつとメンチを切っていると、教室の扉ががらりと開いた。
「おやおや。今年の新入生は随分と威勢がいい」
落ち着いた大人の男性の声が教室に響く。
そちらに顔を向ければ壮年の男性が入り口に立っていた。
しかし、その胸元に目を向ければ彼が教師であることは一目瞭然。
俺たちと同じドラゴンの紋章を取り囲む草と花の環。
「でも、これじゃ私の自己紹介もできやしない。二人とも、席について」
「アァッ!?こいつをぶん殴るまで気が済まねェ!」
よほど俺に煽られて気がたっているのか、シーチキンは教師に対してもがなり立てる。
「すみません、教授。この男に初対面で怒鳴られて気が動転していました。静かにします」
「アァンッ!?テメェ、何いい子ちゃんぶってんだ、コラッ!?」
先ほどとは一転、従順な態度で腰を下ろした俺にさらに青筋を走らせたシーチキンがわめきだす。
それに対し、俺は先ほど教師に述べたように口を開かず黙って笑みを浮かべれば、さらに相手は激昂し始めた。
そして俺の胸倉をつかもうと手を伸ばすと、それは別の何者かの手によってさえぎられた。
「私は、席につけと、そう言ったはずだ。アルトゥール・シーシキン」
ギシリと骨のきしむ音が俺にまで聞こえそうなほど強くつかまれたシーチキンは、その顔を青くさせた。
「そうか、そんなに血の気が多いとただ席についてジッとしておくのも大変だろう?連帯責任だ、ライ・オルトネク、アルトゥール・シーシキン。両名とも訓練場に出なさい。他の生徒たちもだ。早速だが今の君たちの実力でもはかろうか。」
笑顔のまま先生の目が開かれた。
「自分たちの弱さを知るのもまた学びだ。さ、早く動きなさい」




