67話
面倒だ、面倒だと言っても物事が急に変わるわけでもないし、時間が止まるわけでもない。
あれから数日、たまに隣室のオリバーと顔を合わせることはあるものの、特に会話が生まれることなどあるはずもない。
兎にも角にも学園に行かないことには始まらない。
俺はあらかじめ用意していた灰色のズボンに白いシャツ。それから紺色のベストを羽織る。
流石にブレザーは動きが鈍くなるので着ないけど、これで俺の格好はさながら学生コスプレだ。
胸元に所属を表す紋章を付ける。
鏡の前に立ち改めて自分の姿を見るとなんとまあ特徴のないモブ学生だ。
緑の目。それさえなければ平々凡々な日本の男子中学生だ。
まあ多少日本人の平均身長よりは背が高いかもしれないが。
とはいえ日本だと一般的なこの黒い髪はここでは異端だ。
一目でオストの皇族と血のつながりがあるとわかってしまう。
なので当初の予定通り、髪に手を当て色をグレーに変えていく。
この緑の目もチェントロの王族とわかってしまうので、色付きの分厚いガラスの入った眼鏡をかけ、前髪を鬱陶しいぐらい前におろす。
「なんという不審者スタイル」
もはや自分でも笑いがこぼれる。
やっぱり学生と言えばローファーだよな。
初めての学園で特に持っていくものもない。
だから綿でできたショルダーバックを肩にかけ、黒いローファーを履いて外にでる。
「いってきます」
ついつい口をついて出た言葉にもちろん返事があるはずもない。
ほんの少し自分の独り言が恥ずかしくなり急ぎ早に振り返ると、ちょうど学園に向かうところだったらしいオリバーと目があった。
「………フッ」
しかもものすごく小ばかにするように笑われた。
すごくイラッときたぞ。
俺が怒らないとでも思っているのか?あいつは。
流石に俺だって人の子だ。
自分に非のないことで勝手に敵視されて嘲笑われて俺が怒らないとでも?
悠々と歩いていくオリバーの背中に俺は新たな目標を立てた。
「魔導士科の連中に一泡吹かせてやる」
朝から嫌な気分になった
兎にも角にも学園に行かなくては始まらない。
学生寮から出て学園へと続く道を歩く。
だいたい徒歩で二十五分ほど。
まあ歩けない距離ではないが、自転車のようなものが欲しい距離ではある。
もっともそんなものはないので自分で作るしかない。
こんな時、そう言った技術に秀でているものとつながりが欲しくなる。
学園にいる間のもう一つの目標はそれだな。
それにしても、随分と発展している街だ。
学園都市と銘打つだけはあり、学園生活に必要なものは大体そろっているようだった。
文具屋、服屋、食品を扱う様々な店舗。
あれは武器屋だろうか。いかにも魔術師が持つような杖がディスプレイされている。
さらにはどうみても娯楽品だろう店まで取り揃えられている。
何というか、どこぞの魔法界の何とか横町を彷彿とさせるな。
その内この街も制覇したいな。
今は父上から多少、といっても王族の多少だから一般人と同じ生活をしようとすれば一生安泰に暮らせるくらいの金銭はもらっている。
とはいえそれに頼る気は毛頭ないので、近いうちにバイトを始めようと思う。
そうこうしているうちに徐々に学園が見えてきた。
石造りの塀の中に円形の建物が見える。
王宮よりも無骨だが、学問を修める場なのだから華やかすぎるよりもこのくらい無骨な方がいいだろう。
石造りの塀には四方に門があり、門の内部には受付があるようだった。
「あら、新入生かしら?」
「あ、はい。騎士科です」
受付のお姉さんに声をかけられ、俺は胸に付けた紋章を見せた。
「ふふふ。初々しいわ~。今日が初めてだものね。その紋章のこともわかるかしら?」
その言葉に首を振ると、受付のお姉さんは微笑ましそうな笑みを浮かべ、言葉をつづけた。
「ようこそ、世界一の学園へ!あなたのその紋章はここではあらゆる場での身分証となり、通貨の代わりにもなります。紋章を持たないものはこの門にございます魔法陣により外にはじき出されることになるでしょう。それと同様にあなたが許可されていない扉をくぐろうとすればプロテクトがかかりペナルティが課されることになりますのでお気を付けくださいませ」
怒涛の勢いで始まったまるでRPGのNPCのような説明口調に少し気圧される。
「また学園内の商店での買い物はその紋章がある限り通常よりも割引された価格で購入可能でございます。こちらが学園内のマップでございます」
そう言うと俺の紋章から立体マップが出現した。
「では、良い学園ライフを!」
お姉さんにそう言って送り出されると、自然と足が一二歩前に出る。
ふと振り返るとすでに俺以外の新入生と思しき学生が受付のお姉さんの前に立っていた。
「ようこそ、世界一の学園へ!」
そして同じセリフを繰り返す。
「ある種のホラーだな」
とりあえず騎士科の教室に急ごうと学園内に歩を進めた。




