64話
あの社交界デビューから一年とちょっと。
俺は最低限出席しなければならないパーティー以外はできうる限り欠席している。
だってあの日以降父上はパーティーの度に俺を抱き上げたまま周りの貴族に自慢しに行くのだ。
正直言って面倒くさい。
それに気恥ずかしい。
「ライモンド。本当に今年から学園に行くのか?」
「え?ええ。そのつもりです。」
いつものようにベルドランド兄様の部屋で勉強を教えてもらっていると、ベルドランド兄様にそう言われ、俺は当たり前のようにそう答えた。
「社交界デビューしてから、前にもましてマヤ派、カリーナ派両方の貴族からのアプローチが増えましたし、ジャン兄様に言われていた目を開かずとも周りの情報を知る魔法もできましたし。頃合いかなって。」
詳しい内容は割愛するが、随分前にジャン兄様からお願いされていた魔法。実は完成しているのだ。
だから俺が王宮を出てもジャン兄様が犠牲になることはない。
だってジャン兄様に今年学園に行くって言ったらすごくいい笑顔で荷造り始めてたし。
「身分を偽るのだろう?」
「ええ、まあ。ばれてもいいことないですし。」
チェントロ王国にある学園なのだから、生徒の多くは貴賎に関わらずチェントロ王国の国民であるが、世界の中心であるうちの国にはすべての流通の通り道になるので、書物や技術、知識がよく集まるため世界でもトップクラスの教育が受けられるため、他国からの入学者も多い。
年々その規模は拡大していき、ずいぶん前から『チェントロ王国学園都市』として一つの都市になっている。
学園の生徒はみなその学園都市の中で生活をし、親元を離れて自立と自律を学ぶ。
平民の学生は、現代でいうアパートに一人暮らしだが、貴族の学生は貴族にしては小さい(しかし現代日本では大きい)一戸建ての屋敷にメイドや従者を連れて住むことになる。
その学園都市は高く分厚い壁に囲まれており、都市の中に入るためには厳しい検問が設けられている。
俺がベルドランド兄様に教えを乞う前は、ベルドランド兄様はそこで生活をしながら、実際に学園で教鞭をとっていた。
正直ベルドランド兄様から一流の教育を受けているので入学する必要もないのだが、今後冒険者になるのであれば学園での伝手というのは結構重要になる。
なぜなら教師から遺跡の調査の依頼や、魔物の討伐依頼を申し出られることもあるし、生徒同士でパーティーを組んで、その結果次第ではいいギルドに推薦とかあるし。
まあそんな学園に、王族という身分を持ち込みたくないのだ。
そんなこんなでとりあえず、
「ベルドランド兄様。俺学園では別の名前で通うので見かけても声はかけないでくださいね。」
「なにっ!!?」
◆◆◆◆◆
前髪の長いグレーの髪に、分厚い眼鏡で顔を隠す。
白いシャツに少し大きめのカーディガンを着ているのでどこか野暮ったいように見える。
第二次成長期もむかえたので身長も伸び始めた。
極力社交界に出ないようにしていたので、この姿を見ただけで俺だと結び付ける人のほうが少ないだろう。
十三歳になる俺は、ついに学園に入学できるようになった。
流石に王宮のものがいる前で髪色を魔法でグレーに変えてしまっては学園でばれるリスクが増えるので、元の黒色に戻しておく。
それと同じく、前髪や眼鏡で瞳を隠すわけにはいかないので王宮で過ごす間は適当に前髪を分けて視界の邪魔にならないようにしていた。
しかし、学園に入れば俺は貴族としてではなく平民の学生として通うつもりでいるのでメイドや従者に気を遣わずに好きな格好をすることができるのだ!
「え、わ、私は連れて行っていただけないのですか!?」
「え?俺は誰も学園に連れて行かないよ?」
前々からその旨を伝えていたはずなのだが、なぜかイリーナは非常に驚いている。
「前から言っといただろう?俺は勉強するために学園に行くから自分が王族であることを言うつもりもないし、貴族とかかわるつもりもないからお世話する人はいなくていいって
言っただろ?」
「で、でも。お、お食事はどうなさるんですか!?」
「学園都市内にはレストランも軽食屋もあるから食べるのには困らないよ。」
「しょ、食費がかさみますよ!!?」
「バイトはするつもりだから大丈夫。」
「バイト…………!?ら、ライモンド様が!!?」
ショックを受けたような表情のイリーナには悪いが、俺は一人で生活したいんだ。
「とにかく!俺は誰も従者を連れて行くつもりはないから!」
「ラ、ライモンド様!!」
イリーナの声に後ろ髪を引かれるものの、俺は当分の着替えの入ったトランクを持って自分の部屋を出る。
「ライモンド!あなた、本当に学園に行くの!?そんな!まだ、先のことだと思っていたのに!!」
「は、母上!!落ち着いてください!!」
俺の肩をがっしりと掴んだ母上を落ち着かせる。
「勉強したいと思って時期を早めたことは謝ります!でも、俺の家はここですよ!必ず帰ってきます。母上は、俺をここで待っていてくれないんですか?」
「そ、そんなことないわよ!!だって、でも…………せっかくアブラーモ様とも、あなたともいい関係になれると思ったのに。」
今までが今までだった分、母上は努めていい母親であろうとしてくれた。
自分の中ではまだ納得いっていないのか、ひどく申し訳なさそうな母上に、ふっと笑いかける。
「母上。俺の家はここですし、母上は俺の家族です。俺は、そんな家族の絆が学園と王宮で離れたからと言って弱くなったりしないよ。手紙も出しますから。」
それでも寂しそうな母上の背中に腕を回す。
「長期休みには顔を出します。行ってきます、母上。」
「…………待っているわ。愛しているわ、私の可愛い可愛いライモンド。」
「俺もです、母上。行ってきます。」
どことなくしょぼんとした表情の母上の頬にキスをして部屋を後にした。




