63話
「あ、ライモンドぉ!こっちこっちぃ!」
「うわっ!?お、オルランド兄様!?な、なんですか。いきなり!」
「え?えへへー。ごめんねぇ?」
令嬢から逃げるために会場をふらふらと歩いていると、急にぐいっと腕を引っ張られ体勢を崩した。
「あら。かわいらしい。オーリーの言っていた末の弟かしら。」
「うん!あ、ライモンド。この子はフランキスカ。あのねー、おれのお嫁さんになるんだー!」
「初めまして、フランキスカ様。オルランド兄様の弟のライモンド・チェントロと申します。」
そう言ってフランキスカ様の手をとってその甲にキスをする。
「まあ!可愛らしいわね。初めまして、ライモンド様。オーリー………、オルランド様の婚約者の、フランキスカ・オッキデンスですわ。」
西の王族の証でもある紫のふわふわとした髪にオレンジの瞳。
優しそうに見えてどこか芯のある女性だということがわかる。
「今日は父上にお二人で挨拶ですか?」
「うん。で、周りの貴族にも根回しみたいな?」
いつもぽややんとしているオルランド兄様が、より一層その表情を緩めて幸せそうに微笑みながらそう言った。
「オーリー?表情が緩みすぎよ?ほら、ライモンド様の前でだらしないわよ。」
「えへへー。ごめんね?でも俺ずっとフランのこと好きだったからうれしくって。だって、みんなにフランはおれの!って言えるんだよ?」
まるで乙女のように口の前で指を合わせてほほ笑むオルランド兄様に、フランキスカ様もちょっと照れたようで頬を染めつつ照れるオルランド兄様をガン見していた。
その視線に気づいたオルランド兄様が余計に照れ、そんなオルランド兄様をフランキスカ様が凝視するというループだ。
「えっと、あの。オルランド兄様。フランキスカ様。おめでとうございます。」
「う、うん。ありがとぉ、ライモンド。」
「ありがとうございます。」
初々しいカップルのような二人に思わず俺もにっこりだ。
まるで乙女のようなオルランド兄様と、イケメン彼氏なフランキスカ様。お似合いだな。
「そうだぁ。あのね、ライモンドは将来冒険家になりたいみたいな話してたでしょ?」
「え?は、はい。」
「あのね。おれ、フランと結婚したらオッキデンス王国の国王様になるんだぁ。あ、もちろん執務はフランがやるんだけどね、でもおれもそこそこしてあげられることはあると思うんだ。だからね、ライモンドが学園入ってオッキデンスに留学することになったらおれたちにも会いに来てね?」
まだまだ低い俺の身長にあわせて少ししゃがんだオルランド兄様がそっと頭を撫でてくれた。
「はい。ぜひお邪魔させてもらいます。」
「うん!おれもフランも待ってるねぇ。じゃあね、ライモンド。そろそろお父様と話してくるよ。」
「行ってらっしゃいませ、オルランド兄様、その、フランキスカ義姉様も。」
なんとなく気恥ずかしく、自分の顔に熱がこもるのがわかる。
「………………オーリー。あなたの弟可愛いわね。」
「ねぇ。かわいいよねぇ。」
しかし二人ともそんなことを言ってジッと俺のことを見つめるものだからいたたまれない。
「ちょ、ちょっと!!オルランド兄様もフランキスカ義姉様もあんまり見ないでください!」
視線から逃れたくて手で顔を隠すと、ようやく俺から視線を外したものの、顔があつい。
「うん。じゃあ、本当にそろそろ行くねぇ。ばいばい、ライモンド。」
「ええ。流石はオーリーの弟ね。本当に可愛いわ。じゃあね、ライモンドくん。今度はオッキデンス王国で会いましょう?」
今度こそ二人とも手を振って俺から離れて行った。
「ライモンド。パーティーは楽しんでいるかな?」
「父上。はい、楽しんでいます。」
相変わらず子煩悩なところは変わらない父の顔はゆるっゆるに緩んでいる。
「ほら、おいで、ライモンド。」
そう言って父上は俺を抱き上げた。
すでにいい年、と言ってもまだ子供だが、社交界にデビューした子供を抱き上げるんじゃない。
地味に恥ずかしいんだが。
「よっと。随分重くなったね。僕が前に抱っこした時はまだライモンドは小さかったからなー。」
もはやパーティーなんて父上の目には映っていないんだろう。パーティーだと理解して俺を抱き上げているのであれば、早々にやめていただきたい。
「ライモンド、最近はどうだい?マヤともうまくやれているかい?」
「母上、ですか。」
最近は妹のエルの世話をすることや、父上との関係が改善され話しやすくなったためか俺以外の人と交流も生まれ始め、前ほど毎日何時間も話すことはしなくなった。
それが少し寂しくもあり、母上も変わったのだと嬉しくもなる。
「マヤは情熱的だからね。たとえ話す時間が短くなってもライモンドへの愛情は変わらないよ。」
依然として俺を抱き上げたまま父上がこつりと額を合わせてくる。
「僕はマヤもライモンドもエルフリーデも、みんな幸せになってほしいんだ。」
一言言わせてもらうと、うちの家族は自分の顔の良さを自覚するべきである。
年齢のため、顔に多少皺はあるもののそれすらも年相応の落ち着きと色気を醸し出している優し気な大人の男性、というのが俺の父上に対する評価だ。
もっとも中身は子煩悩な楽天家なわけだが、それが顔の良さを相殺するわけではない。
そんな父上に超至近距離で緩く微笑まれ、さらにその内容が自分の幸せを願う内容だった時の破壊力は計り知れない。
この人の子供に生まれてよかったと、そう感じてしまう。
「あれ?ライモンド、少し顔が赤いね。疲れた?」
「い、いえ……………っ。」
気づいていてもそこは黙っていてほしかった。
顔をそむけても父上に抱えられている状態ではすぐに抱えなおされて再び向き合うことになるのだ。
それを何度か繰り返し、俺は諦めた。
たとえそれを何人もの貴族にほほえましそうに見つめられていても!!
ちなみに父上の子煩悩っぷりは世界的に有名なので、パーティー中に父上が俺を抱っこしていてもそれが当たり前のような反応をされるのだ。
いや、問題にならないのであればかまわないが、すごく恥ずかしい。
助けを求めるようにホールにいる他の兄様たちに視線を向けると、全員に遠い目で親指を立てられた。
なるほど、これが通過儀礼なんですね??
それは先に知りたかったです!
こうなったらむしろ父上のノリに合わせたほうが楽な気がする。
父上の肩に乗せるだけだった手を、するりと首に回してぎゅっと抱き着く。
「お?」
「父上、俺は幸せです。父上も母上も、もちろん兄様たちも俺のことを愛してくれてますし。」
抱き着いていた体勢を戻し、真正面から父上の綺麗な緑の瞳を見つめながら自分のできうる限り蕩けた表情を浮かべる。
「大好きですよ、父上。いつもありがとうございます。」
「……………っっっ!!………っっ!!!」
父上が嬉しそうに顔を上気させて、さらに目に涙も溜めている。
「僕の息子が天使だ!!!!」
そう言うと父上は一度俺を地面におろし、脇に手をいれ再び持ち上げてその場でくるくると回り始める始末。
「おいおい、アブラーモ。子供が可愛いのはわかるが、あまり私の甥をいじめてくれるな。」
本格的に酔い始めたころ、渋い声にとめられ、俺は父上の腕から解放された。
「ああ、カイザー・オズヴァルト!今日は会えないかと思っていた!」
俺を下した父上がその渋い声の持ち主、現オスト帝国皇帝オズヴァルト・オストに声をかける。
「すまない。どうにも最近山間部で魔物の活動が活発でな。代わりに妻と息子だけ先に向かわせていただろう?」
「ああ。先ほどカイゼリンとご子息から挨拶をいただいたよ。マヤにはお会いになられましたか?」
「ああ、もちろんだとも。それでぜひ君が王宮に隠している可愛い甥っ子に会いに来たんだが、その子だな?」
母上と同じグレーの瞳。
吊り目がちなその相貌は母上によく似ていた。
「初めまして、私は君の伯父にあたる、と言ってもわかるかな?」
「はい、伯父上。母上の兄様ですよね。お話に聞いています。」
俺は王宮からほとんど出ないし、伯父上も一国の皇帝だから会うことはなかった。
もしかしたら俺が生まれた直後とかになら会ったことあるかもしれないが、その時は絶賛知恵熱で意識がもうろうとしていてろくに覚えていない。
「君の活躍はマヤからの手紙でよく知ってるよ。なんでもベルトランド教授といろいろ研究をしているそうじゃないか。」
「研究というほどのことではありませんが……。そうですね、ジャン兄様やジョン兄様のこともありますし、いろいろと話はしています。」
そう言うと、伯父上はにっこりと笑みを深め、俺の頭にポンっと手を置いた。
「まったく。まだ小さいのに立派なものだ。いつか私やオストのためにもその頭脳を使ってくれよ?」
期待している。と、そう言って伯父上は再び父上と一言二言話して離れて行った。
伯父上に撫でられた頭に触れる。
その時ふと、強い視線を感じた。
キュリロス師匠との鍛錬で研ぎ澄まされた感覚であたりを見渡せば、ふと、赤い瞳と目があった。
自分よりも一つか二つほど年上だろうか?黒い髪を持つ少年は、オスト帝国の皇太子、つまり俺の従兄ではなかったか?
そう考えていると、そいつは俺を一度キッ!と睨みつけ、すぐに踵を返して去っていった。
「なんだ、あれ?」




