62話
そのあとパーティー会場に向かうと、外面を被った父上が挨拶を述べ、つつがなくパーティーが始まった。
今回は俺が社交界にデビューするということで、同じタイミングで何人もの貴族の令嬢令息たちもデビューしている。
「ライモンド様!お会いできてうれしいですわ!レアンドラ・バルツァーです。その………覚えていらっしゃいますか?」
パーティーが始まってすぐ、レアンドラ嬢が少し頬を染めて俺に近寄ってくる。
不安の見えるその表情に、俺は後ろめたさもあるので安心させるようにほほ笑んだ。
「ええ、もちろん。お茶会を断ってしまってすみません。妹が生まれたりと、少し忙しかったもので。再会できたことですし、レアンドラ嬢。俺と一曲踊っていただけますか?」
「え、ええ!喜んで!」
何はともあれ社交界デビューで一曲は必ず踊らなければならない。
俺にはじめに声をかけてくれたレアンドラ嬢をダンスに誘い、そのままダンスフロアに歩み出る。
俺は自分でも言うのもなんだが、十二歳にしてはキュリロス師匠との特訓で筋肉がついているほうだ。
たとえ俺の成長が思った以上に早く、身長が高くとも女の子のほうが早く成長期がくるせいで体格に大差はない。
とはいえ、キュリロス師匠を目指す身として、無様なリードをするわけにもいかずきちんと体格云々足りない部分は筋肉でカバーした。
つつがなく踊り終わり、にこりとレアンドラ嬢に笑いかける。
「ありがとうございました、レアンドラ嬢。それでは、失礼いたします。」
「え、あの、ライモンド様!?」
ぺこりと一つ礼をしてすぐにダンスフロアを離れ、立食形式の食事が置いてあるスペースに移動する。
あのまま少し会話をしてもよかったのだが、周りにいる他の令嬢たちが寄ってきそうだし、俺たちのことを興味深そうに観察する大人も複数いたのでこれは早めに離れて正解だろう。
その間も俺に言葉をかけてくる子供はたくさんいたが、すべて軽くあしらう。
第七王子とはいえ王族は王族。
俺に取り入ろうとする輩は多いらしい。
「ライモンド様。ライモンド様は普段何をなさっていらっしゃるのですか?」
「ライモンドさまぁ、ダンスはもう踊られませんの?」
「ちょっと!ライモンド様は疲れていらっしゃるのよ!ね、ライモンド様?」
レアンドラ嬢と離れて会場を見て回っている途中、他の令嬢たちに囲まれてしまった。
数で囲まれると退路が断たれ、逃げ出せなかったのだ。
はじめは俺に話しかけてきゃあきゃあと黄色い声を上げていた令嬢たちが、次第に俺をそっちのけで互いにいがみ合い始めた。
その隙にすっとその場を離れる。
「ふーん。まだ小さいのにモテモテじゃん。」
「アンドレア兄様?」
ニヤニヤと俺をからかうようにアンドレア兄様が声をかけてきた。
今日の俺の服を見繕ってくれたのはアンドレア兄様なので、兄様は上から下まで俺の服を観察し、満足そうにうなずいた。
「うんうん。やっぱり俺のセンスは間違ってなかったみたいだねー。」
「そりゃアンドレア兄様が選んでくれたものに間違いなんてないよ。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃーん!って、あれ?その耳飾りは?」
俺の耳にゆれるジョン兄様とジャン兄様からの贈り物に、アンドレア兄様は目を瞬かせた。
「それ、竜玉だろ?デザインもいいし、いい耳飾りじゃん。」
「あ、ありがとうございます。ジャン兄様とジョン兄様からのプレゼントなんです。」
「へえ?いいじゃん。俺こういうの好きだよ?」
俺のイヤリングに触れようと伸ばされたアンドレア兄様の指先が頬をかすめ、見やすいようにか、俺の髪をそっと梳いて耳にかけてくれた。
「ねえ、ライモンド。竜玉の花言葉知ってる?」
「い、いえ。」
なまじアンドレア兄様の顔がいいため、ちょっとドキドキしてしまう。
もちろん恋愛的な意味ではない。
たとえ同性であろうと圧倒的美形に至近距離で話しかけられると緊張するだろう?
「あなたは私の光。特にジャンカルロはずっと体が弱いのを気にしてたし、ジョバンニは魔法が使えないのを気にしてたから、まさに光みたいな存在だったんじゃない?」
そう言ってアンドレア兄様は俺の髪にさしてあるアンタロスの花にチュッとキスをした。
なんて気障なんだ。
俺が女だったら兄弟とか関係なく絶対に惚れてたぞ。
気障すぎる兄様も考え物かもしれない。
それともジャン兄様みたいにテンションが上がっているのか?
「………それ、女の子にしたら勘違いされますよ。」
「むやみやたらにしないって!これでも相手は選んでるつもり。」
機嫌よさそうにウインクをしてくるアンドレア兄様。
そうか……すでにアンドレア兄様の犠牲者は出ていたか。
良く周りを見てみれば、アンドレア兄様と同じくらいの年齢の女性たちがこちらを見てキャーキャー言ってる。
「女性は情報の宝庫だし、俺も可愛い女の子好きだし?趣味と実益兼ねてんの。そろそろ俺も行くね。」
じゃあね、と俺の頭をひと撫でしたアンドレア兄様がふらりと人垣の中へと戻っていった。
なんだ、ただのリア充か。
「あ、ライモンド様!!探しましたわ!!」
「ライモンドさまぁ!こんなところにいましたのぉ?」
アンドレア兄様と話しているうちに撒いたご令嬢たちに見つかってしまったらしい。
再びきゃいきゃいと俺の周りで騒ぎ始めた彼女たちにげんなりとする。
「ライモンド様!踊ってくださいませ!」
「やだ!私が先よ!!」
俺そっちのけで再び口論を始めた彼女たちにげんなりとしていると、聞き覚えのある声にさえぎられた。
「ちょっと!あなた方、ライモンド様が困っていらっしゃるでしょう!?口論するだけなら別のところでしてもらってもいいかしら?」
それは今日のダンスで唯一一緒に踊ったレアンドラ嬢だった。
公爵家の娘であるレアンドラ嬢よりも爵位が高い子はいないのか、みな一様に口をつぐんだ。
それに満足したようにレアンドラ嬢はフンっと息をついてから俺のほうに向きなおり、貴族の令嬢らしい素晴らしい礼を一つしてみせた。
「ライモンド様。他の方がご迷惑をおかけしましたわ。」
「レアンドラ嬢が謝ることではないでしょう?」
「いいえ、ライモンド様。公爵家のわたくしが皆様のお手本にならなければなりませんもの。でしたら彼女たちがライモンド様に迷惑をかけたのでしたら、わたくしの責任ですわ。」
ドンっと彼女は自身の胸に手を当てて自信満々にそう言った。
でも少しばかり恥ずかしいのか、珊瑚色の髪から覗く耳が少し赤い。
なんとなくその様子がおかしくてくすりと笑った。
「……レアンドラ嬢も学園には入るおつもりですか?」
「え!?え、ええ。そのつもりですわよ。」
「では、俺はパーティーがあまり得意ではないので今度会うのは学園で、ですね。君がいるなら思ったよりも楽しくなりそうだよ。」
あまり社交的なわけではないのでもう早々にこのパーティー会場からとっとと引き上げたい。
一度レアンドラ嬢とほかのご令嬢たちに礼をして、再びパーティー会場の人込みを縫って歩き令嬢たちを撒いた。
だから、
「い、今の笑顔は……反則ですわ!!」
なんて言って頬を真っ赤に染めるレアンドラ嬢に気づかなかった。




