6話
「ライモンド様―?どちらにいらっしゃるんですか?」
扉越しにマリアさん、改めマリアの声が聞こえる。
思わず笑いが漏れそうになって、慌てて口元に手を持って行った。
「ライモンド様?ここですか?」
そう言ってマリアが見当違いな扉をがちゃりとあけた。
「もう!ライモンド様!?」
そこに俺がいないことに気づいたマリアが扉をしめ、俺の隠れている近くを通ったので勢いよく飛び出す。
「わあっ!!」
「きゃあ!!もうっ!もう!!ライモンド様!」
二十歳を超えているとは思えないほど可愛らしいマリアが驚いたため早鐘を打っているであろう胸を押さえてぷくっと頬を膨らませ、怒りを表している。
「ふふ!ごめんなさい!」
「もう!いたずらが過ぎますよ!さ、今日はジャンカルロ様とご一緒に遊ぶのでしょう?早く準備いたしましょう?」
「はい、マリア。」
ジャン兄様と初めて会ったあの日から早五年たった。
その間にジャン兄様との交流は続けていたものの、ほかの兄弟とはあまり交流がない。
もちろん俺の誕生日とかで内々のお食事パーティーみたいなのは開催されたけど、まだ言葉が通じるのかも怪しい俺の話し相手になってくれる人はおらず、言葉が通じるようになってからもそう言ったパーティーでは常に母上が俺の隣に立って俺を王太子にと推しまくるので、完全に腫物扱いだ。
そしてこの五年で知ったことなのだが、どうやら俺はこの王家の第七王子らしい。
そう、第七王子だ。
俺が初めてそれを聞いた時に思ったことと言えば、第七王子って何すりゃいいの?ってことだ。
ほとんど毎日のように母上には王太子になりなさいと言われ続けている。
もちろん、はい母上。とは言っているが、俺に王太子になる気はない。
あれ?そういえば母上との会話の内容王太子関連しか記憶にないぞ?
あと、兄たちのことは一応名前だけは知っているのだが、何分交流がないのでジャンお兄様しか顔と名前が一致しない。
一応上からフェデリコ、ベルトランド、アンドレア、オルランド、ジョバンニ、そしてジャンカルロの六人だ。
ちなみに、ジャン兄様がジョンと呼んでいたのが五男のジョバンニ兄さまのことだ。
俺と一番年の近いジャン兄様が今十歳、ジョバンニ兄様が十四歳。二人は母親が一緒で、父上の第三王妃であるソフィアさんの子供だ。
あとは一番上のフェデリコ兄様と四男のオルランド兄様が正妃であるカリーナ様の子供で、ベルトランド兄様とアンドレアお兄様が第二王妃のアナスタシア様から生まれたらしい、ということは知っている。あとの詳しい年齢などはわからない。
ついでに容姿もよくわからない。
いや、確かにパーティーで会っているはずなのだが、会話するだけならむしろ母上に顔を売ろうとする貴族のおっさんとのほうが会話をしている。
そのくらい兄弟関係が希薄なのだ。
ジョバンニ兄様に関してはジャン兄様と仲がいいらしいので、まあ会うこともあるだろう。
今までは俺が小さすぎるということであまり外には行けず、ジャン兄様と遊ぶ時でさえ俺の部屋か東の庭園、つまりは日本庭園でだった。
日本庭園風になっている東の庭もきれいなのだが、やはり見慣れた日本庭園よりも俺はファンタジーの世界をそのまま再現したみたいな南の庭園のほうが好きだ。
行きたいのに行けない、そんな思いは今日で終わりだ。
ついにマリアからもそろそろ外に出ても問題ないだろうというお言葉をもらい、今日はジャン兄様が俺の誕生日パーティーも兼ねて、南の庭園でお茶会を開いてくれるらしい。
というわけで、お茶会にふさわしい正装に着替え、マリアをお供にキュリロス師匠を護衛に 南の庭園に向かう。
「キュリロスししょう!おねがいします!」
「はい、お願いされました。こちらこそ、よろしくお願いいたします、ライモンド殿下。」
やはりたった五歳の俺に対してもわざわざ膝を折って礼を尽くすキュリロス師匠は紳士だ。
「ライ!待ってたよ!」
南の庭園が近づくと、もうすでにジャン兄様が俺のことを待ってくれていたようで、こちらに気づくとすぐに走り寄ってきた。
「ジャンにいさま!」
「ライ!ぎゅー!」
「ジャンにいさま!ぎゅー、です!」
すかさず抱き着いてきたジャン兄様を抱きしめ返す。
子供の戯れは幸せオーラを発するのか、マリアもキュリロス師匠もほっこりしている。
しかし最近になりその幸せな瞬間に水を差すものがいる。
「ごほっ!ごほっ!!」
「ジャンにいさま?だいじょうぶですか………?」
「ごほっ。う、うん。大丈夫。ありがとう、ライ。」
俺が初めてジャン兄様に会った時、体が弱いと言っていたのだが、最近になりその影響かジャン兄様がよくせき込むようになってしまった。
こうなるとしばらく咳はやまず、ジャン兄様はその場にうずくまってせき込み始めた。
「ジャンカルロ殿下。こちらを。」
「ありがっ、とう…………っ。」
すかさずキュリロス師匠が水を差しだし、ジャン兄様がそれを飲む。
俺はその間ジャン兄様の背中をさすることしかできず、どうにも歯がゆい思いになる。
もしも俺が前世で医者だったのであれば、もしかしたらジャン兄様の持病を治せたかもしれない。
しかしジャン兄様曰く、これは病気ではなく体質だそうだ。
ノトス連合王国の、人とは別の特徴を持つ亜人と人との間に産まれた子供は、総じて何か問題を抱えているのだそうだ。
もしもその原因を突き止めることができたのであれば、それは世界の歴史に名前を残せるほどの発見だという。
それがどれだけ大変なことだとしても、俺はジャン兄様のためにもその方法を見つけたい。
「そうだ、ライ。また絵を描いたんだ。見てくれる?」
ようやく咳の収まったジャン兄様が俺にそう問いかけてくる。
ジャン兄様は外になかなか出られない代わりに、絵を描くようになった。
前に見せてもらったのは、兄のひとりであるジョバンニ兄様の姿絵や、ジャン兄様の母上であるソフィア様の姿絵。
他には南の庭園の風景画や、キュリロス師匠から聞いたドラゴンの絵。
どれも優しいタッチで描かれた素敵な絵だ。
「もちろんです、ジャンにいさま。」
そう言うと、ジャン兄様は嬉しそうにほほ笑んで、俺の手を引き久しぶりに庭園に足を踏み入れる。
約五年ぶりとなると感動もひとしおだ。
久しぶりになる南の庭園は、自分の記憶と寸分たがわず美しかった。
「マリアとニャルコスはここまでだよ。ここから先は、俺とライの秘密なんだからね。」
「はい。南の庭園内でしたら守護魔法もございますし私たちはここでお待ちしております。」
「なにかございましたら我々をお呼び下され。」
微笑ましそうに手を振って見送ってくれるマリアとキュリロス師匠を置いて、その庭園を少し奥まで歩いていく。




