57話
「で、聞きたいことっていったい何なんですか?」
先ほどまでの取り乱しようからは一転し、バルツァー将軍はにこやかな笑みを浮かべた。
まあ大方聞きたいことと言えばマヤ派とのつながりだろう。
「私の娘のことをどう思っておられますか?」
「………はい?」
予想していなかった質問の内容にきょとりと目を瞬かせていると、バルツァー将軍がその表情を緩めた。
「いやいや。私の娘が大層ライモンド様のことを気にしておりまして。もしよろしかったら本当に婚約者にどうかと思いまして。」
「俺恋愛結婚推進派なんで、婚約者は遠慮します。」
「ではレアンドラのことを知ってはいただけませんか?」
「…………いやにぐいぐい来ますね。」
「娘の恋路を応援したいのは父親として当たり前でしょう。それで?会うだけでもしていただけませんか。」
さて、どうするべきか。
王宮を脱走した件も、ホフレの件も、バルツァー将軍の胃に負担をかけていることは否めない。
「んーでも王宮を脱走した件は、マリアをみすみす攫われて母上たちにも心配かけさせたことでですよね?」
「うっ。耳が痛い。」
こちらも自覚がある分何も言えない様子だ。
王宮の警備全般を担うバルツァー将軍にとっては特にだろう。
「でも、ホフレが起こしたことですし、そのおわびも込めてバルツァー将軍の質問には答えてあげます。レアンドラ嬢のことは嫌いじゃないですよ。でも、今の俺じゃ守れないですし、なによりも何かあったときに責任取れない。だから会いません。」
「何かあれば娘のレアンドラはもちろん、ライモンド様も私がお守りしますよ。」
それはバルツァー将軍からすれば当然のことなのだろう。
でも、そうすると必然的に俺の後ろ盾はバルツァー将軍になる。
今回のことを受けて善意で言っているのかもしれない。
だが、そうなると自分が動きにくくなる。
「そうされる理由がないので嫌です。」
俺の答えはバルツァー将軍も予想していたのか眉尻を下げて薄く笑った。
「頑固ですな。」
「意志が強いんです。」
俺の周りの人が俺のせいで危険な目に合うのはもうこりごりだ。
せめて俺が自分で守れるようになるまではこれ以上大切な人は増やしたくない。
「ライモンド様。」
嫌に真剣な声でバルツァー将軍が俺の名前を呼んだ。
「教えていただきたい。あなたに本当に後ろ盾はいるのか。マヤ派と、ホフレと本当に交流があったのか。」
本当に俺を心配してなのか、それとも単に俺の不安に付け込んでカリーナ派の敵はいないと確認したいのか。
どちらにせよ、「俺が答える義理はない。ですよね?」
「…………信用なりませんか?」
「信用はしてますよ。ただ頼るほどではない。まだそこまで俺はあなたを知らない。」
なおも言いつのろうと口を開くバルツァー将軍に、柏手を打つ。
パンッ!と乾いた手の音に、バルツァー将軍はきゅっと口を引き結んだ。
「お話は終わりです。」
「…………部屋まで送りましょう。」
「結構です。俺のせいで書類が増えたでしょう?どうぞそちらの処理を。」
ソファから立ち上がると、すぐさまキュリロス師匠が部屋の扉を開ける。
歩き出した俺のすぐ後ろにマリアが付き、その更に後ろからボッサがついてきた。
なので、くるりと振り返りボッサの顔に向けてすっと人差し指を立てた手を突き出した。
「ん?ライモンド様、どうなさったんですか?」
「ボッサはここまで。」
「…………それは、どういうことでしょうか。何かコジーモが失礼なことを?」
眉根を寄せたバルツァー将軍の言葉に、俺はマリアの腕にだきついてその体を引っ張る。
「ら、ライモンド様?」
少し慌てた様子の上ずった声で俺の名前を呼ぶマリアをさらに引いてマリアの背後に回り、そのまま扉を開けたままきょとんとこちらを見るキュリロス師匠の方へ押しやった。
「俺、マリアに意地悪するような護衛はいらないし。よこすならもっとレディの扱いのなってる人にしてくださいよ。キュリロス師匠、マリア、行きましょう。」
俺がボッサを許したと思った?まさか!俺は自分の好きな人を攻撃されて黙っているような人間じゃないから!
お前がちゃんと反省するまで会話なんてしてやらないし!
「もう!早く部屋に帰りますよ!!!」
そう言って怒りながらマリア嬢とニアルコスを連れて部屋を出て行ったライモンド様を見送りながら、扉と自分の間で固まるボッサ、改めラシードに視線を投げかけた。
しばらく固まった状態で、それから額を手で押さえたラシードにため息が出る。
「何を…………、したんだ。」
「ライモンド様もまだ子供なので怒らせればホフレとの関係を吐くかと思いまして、マリア嬢のことで煽りました。」
こともなげにそう言ったラシードに頭痛がする。
「…………お前の、私以外に対して無礼なふるまいを恐れないところはある意味素晴らしい才能だと思う。だが、今回ばかりは悪手だぞ。」
「申し訳ございません、ジェラルド様。」
本当に悪いことをしたと思っているのだろう、その顔は後悔の色を見せている。
が、それはいったい何に対する後悔なのか。
「おおよそ、ライモンド様を怒らせた件についてではないだろう?」
「ええ。ジェラルド様のお役に立てない件でございます。」
ためらいもなくそう答えた目の前の部下に、目頭を指で押さえる。
「少しは………、気にしろ…………ッ。仮にも相手は王族だぞ………ッッ!?」
「ジェラルド様がそうおっしゃるなら。」
実はライモンド様に自分の娘を勧めたのには、何も愛する娘がライモンド様に恋をしているからだけではない。
あの日以降一段と淑女となるべく勉学に励み、マナーレッスンに意欲的に取り組む娘に、もう嫁入りかと父親として切なくなる。
また代々軍を取り仕切るバルツァー家の娘として、ライモンド様をお守りするのだと武術にも力を入れ始めたレアに、誇りさえ感じる。
それはさておき、まあこういった涙ぐましい努力をする娘のためを思ってと、またカリーナ派の貴族を取りまとめる者としてライモンド様とレアの婚約を勧めたことは事実だ。
しかし、それよりも。
「常識人な婿が欲しい………ッ!」
ホフレと言い、ラシードと言い。
俺の周りにはなぜこうも極端なやつしかおらんのだ!!!!




