55話
「で、なんでマリアさんを助けに行ってホフレ様まで連れてきてるんですか!!?」
ホフレとセルジオも連れてボッサの待つ屋敷外に向かうと、会って早々そう叫ばれた。
「いやー。ホフレって名前は知らなかったけどこの人自体は知っていたので。」
今までマヤ派と直接関わり合いがなかったため、五年マヤ派とカリーナ派を探り合わせるためにはあまりにも餌になる交友関係が少なかった。
多少、というか大分無理やり感が否めないがしょうがない。
カリーナ派は現在バルツァー将軍がボッサを送り込んで来たりでマヤ派が疑う要素にしっかりなってくれているので、今後ホフレはカリーナ派が俺とマヤ派の関係を疑う要素になってほしい。
無理も通せば道理になるっていうし。
無理やりにでも通しましょ。
「え、ぇぇぇ?知り合いなのに誘拐したの?」
「まったくですよね。犬の躾が不十分でした。すみません。」
と言いつつホフレのもみあげ辺りからのびる横髪を引いてむりやり頭を下げさせれば、ホフレ自身、実にいい笑顔でボッサに対して腰を折る。
とはいえ、顔だけはまっすぐボッサに向けているのだから端から謝る気がないことは明白だ。
「躾のなっていない犬ですまないね。」
「七歳児が………、大の大人を捕まえて犬って………。」
「俺はそんなつもりなかったんですけどね。この子ポチって言います。ほら、ボッサに挨拶は?」
「ホフレ・カッシネッリ、またの名をライモンド様の忠実な犬です。」
「忠実な犬が側付きを攫うんですか…………。」
「構っていただけなかったので、つい。」
「ホフレの名前で手紙を出すからですよ。今度からはポチってちゃんと書いてくださいね?」
「はい!」
恍惚とした表情で俺を見るホフレに、ボッサがあからさまに引いた表情を見せた。
大丈夫、俺も引いてるから。七歳児にこんなこと言われて恍惚とするとは、これいかに。
「それマリアさんはいいんですか?」
「ええ、まあ。お決めになられるのはライモンド様ですので。」
これはマリアともちゃんと話はした。
後々マリア個人への詫びをしてもらうことは約束させたので、その埋め合わせに関してはマリアが決めることになっている。
正直俺のために不名誉だろうとのんでくれるマリアには頭が上がらない。
「ふぅん。それで、そのままホフレ様のところに嫁入りするんですか?何もおとがめなしだと、さすがのグリマルディ公爵家とはいえあなたの名誉に傷がつくでしょう。」
いい笑顔を浮かべるボッサに、マリアの表情が凍りキュリロス師匠の笑みが消えた。
ホフレとセルジオは何とも思っていなさそうなのが腹立つ。
それが何か問題ですか?という表情だ。
元々はお前のせいだからな?
「だってそうでしょう?どういう目的で攫ったにせよ、一晩カッシネッリ邸で過ごしているわけですし。ホフレ様とマリアさんは、マリアさんがライモンド様の側付きになる前は婚約者候補同士。マヤ様の筆頭であらせられるホフレ様がライモンド様を手中にいれるためマリアさんを傷者にしたって言われてもおかしくはないでしょう?」
俯き唇をかみしめるマリア。
それに対し、ホフレがここではじめて不機嫌そうに表情をゆがめた。
「公爵家に対して、失礼が過ぎるんじゃないのか?」
今まで恍惚とした表情しか見てこなかった分、眉間にしわをよせるホフレは迫力がある。
ボッサはホフレが初めて見せた不愉快そうなその顔に顔を引きつらせた。
マリアは意外そうな顔で、だがしかし少し嬉しそうだ。
「この私がライモンド様を手中に入れるなどおこがましい。ライモンド様が私を手中に収めたのだよ。むしろ私から収まりに行った!」
どや顔でそう言うホフレにマリアも俺もスッと表情が消えた。
「そこじゃない。俺がカバーしてほしかったのはそこじゃない。」
「え!?も、申し訳ありません!!」
おろおろと慌て始めるホフレにため息すら出てくる。
ボッサ自身も、そこ?という顔だ。
でも、まあホフレにそんなことを期待する方が悪かった。
「いざとなればマリアの結婚相手も俺が探しますし、何なら最期まで俺が面倒見ます。」
「じゃあ幸せな結婚は諦めるんですね?この先マリアさんに求婚するのはライモンド様を狙う輩だけになるでしょうし。それ以外の男は面倒を嫌って逃げますよ。」
先ほどからのボッサの発言にいら立ちが募る。
しかし、それは言い返せないからという理由もある。
状況は、圧倒的にマリアに不利だった。
俺もマリアに我慢を強いている加害者なのに、何を被害者面しているのか。
一番怒りたいのも、泣きたいのもマリアだと言うのに。
俺もマリアも言葉が出ずに、マリアは俯き俺はボッサを睨んだ。
不意にキュリロス師匠がボッサと俺たちの間に歩み出て、その背に俺たちをかばってくれた。
「御心配には及びませんぞ、コジーモ殿。」
「へぇ?キュリロスさんが娶りますか?」
「ええ。」
意地の悪い質問だろうに、キュリロス師匠はボッサのその問いに即答し、すぐ様マリアの方へ向き直る。
「マリア殿。今回の件で、あなたが拐されたと聞き、私はずっと後悔しておりました。ライモンド殿下のお側にいる限り、たとえあなたと番になれずともあなたが伴侶を見つけるまではお守りできると考えておりました。でも違った。」
その場に跪いたキュリロス師匠が片手を自らの胸にあてる。
「同情でも、ましてや憐憫でもありません。あなたを愛しています。元は平民の、あなたからすれば卑しい身分の出でしょう。ですが、ほんの少しでも可能性があるのであれば、考えていただけませんか?」
とろりと蕩けた瞳に顔を赤く染めたマリアが映る。
突然の告白に戸惑いを隠せない様子のマリアにそれ以上迫ることはせず、にこりと一度笑みを浮かべて立ち上がる。
「返事は今すぐでなくとも構いません。あなたの心にそぐわないことはしたくありませんから。」
そしてくるりとボッサの方へ振り返り、先ほどまでの温かな笑みをスッと消す。
「と、言うわけですのでこの件に関して必要以上に騒ぎ立てるのであれば、私からもお話しいたしますのでそのおつもりで。」
キュリロス師匠よりも強い抑止力があるだろうか。
剣術だけでいうのならチェントロ王国最強。
そんな相手を怒らせたいものはいないだろう。
「私も、愛した女性がけなされて黙っていられるほど紳士ではありませんので。」
実際に先ほどまでマリアに対して言葉を連ねていたボッサも両手を挙げてこれ以上言う気がないことを示していた。
本当にそうなればいいと思っていたが、まさかキュリロス師匠がマリアに告白するなんて。
ここが外じゃなければエンダァァァァァァァ!!!!って叫びたいくらいには興奮している。
マリアの答えは!?出歯亀?うるせぇ!この興奮を伝えずにいられるか!?
「さて、ここでこうしていてもしょうがありません。ホフレ殿自身からバルツァー殿にもご説明いただかなくてはなりませんので。」
一度柏手をパンっと打ったキュリロス師匠が場の空気を変える。
「では、ライモンド殿下こちらに。」
来た時と同じように俺を抱えて乗ってくれる予定だったのか、俺に向かって手を伸ばしてくれるキュリロス師匠の手を数秒見つめ、次いでマリアを見る。
「マリア、マリア。」
「なんでしょうか、ライモンド様。」
「キュリロス師匠と一緒に乗る?」
「え!?い、いえっ。そんな、ええ!?」
いつもは穏やかな笑みを浮かべるマリアが耳まで真っ赤に染めて慌てている。
初めて見るマリアの乙女な姿に、お節介心がうずく。
「ではそっちの人間の護衛とライモンド様、獣人とマリアで馬に乗ればいい。私とセルジオは一頭ずつ馬に乗る。それでいいだろう。」
ホフレはそう言うとさっさと馬に乗ってしまった。
「えー。私はかまいませんけど、ライモンド様とかはお嫌じゃないんですか?」
「正直、ボッサにマリアを任せるよりは俺が一緒に乗ったほうが精神的に数倍ましです。」
「うわぁ、正直。キュリロスさんとマリアさんは?」
まあ自分のさっきの言動が相手にどういう印象を与えるのかは理解しているらしい。
「………コジーモ殿に、ライモンド様を任せるのは正直不安ですな。」
「ホフレ様に任せるよりはましですわね。」
「私がライモンド様の絹のように滑らかでいてかつ繊細な肌に触れるなど許されるはずがないでしょう?」
うわぁ………。(ドン引き)
ホフレの言葉にセルジオ以外みな一様に引いている。
「では、マリア殿さえよろしければ私と相乗りしていただけますかな?いざとなれば、ライモンド殿下とホフレ殿を逃がすために殿を務めることになりますが。」
その言葉が決め手となったのか、マリアがキュリロス師匠に手を差し出した。
「え、ええ。その、おねがい、致します。」
「はい。お願いされましょう。」
優しく手を握ったキュリロス師匠がマリアの手の甲に軽く口づけを落とす。
それにマリアは一層顔を赤らめさせたわけだが。
「たいへーん。ライモンド様が息してなーい。」
「マリアとキュリロス師匠の子供見るまで死ねない。でも二人の幸せに息が詰まる。」
「通常運転だった。さっさと王宮帰りません?」
ボッサは一度俺が王族だと言うことを思い出すべきだと思う。
エンダァァァァァ!!!!!




