53話
「…………この先に、マリアとホフレがいるの?」
「ええ、ライモンド様。左様でございます。」
開かれた扉の先は、ほの暗い地下へと続く扉だった。
階段の先は蝋燭の光が揺らめいている。
キュリロス師匠に目配せした。
「さあ、こちらへどうぞ。」
前言撤回。ホフレはなかなかに性格が悪いやつだ。
地下なんて逃げにくいところに幽閉するのはなかなかに性格が悪い。
「ライモンド殿下。階段は降りるのが大変でしょう。差し支えなければ抱き上げますが。」
「…………そうですね。じゃあお願いします。」
意地でも俺を置いて行かない気だな。
ならば、心おきなくキュリロス師匠が走れるように抱えられた方がまだましだろう。
「おや、これは。気が利かずに申しわけございません。」
「いえ、お気になさらず。ではライモンド殿下、失礼いたします。」
ひょいとキュリロス師匠に抱えられたまま、地下への階段を下りていく。
地下の通路は、これが地下と知らなければわからないほどいたって普通の屋敷の廊下然としていた。
足が沈み込むほど柔らかなカーペット。美しい細工のほどこされた額に入った絵画。
ただ、窓から入る光がない分、お化け屋敷のような気味の悪さを感じさせる。
その廊下をしばらく歩くと、セルジオがある一室の前で歩みを止めた。
「ここにマリア、とホフレがいるの?」
重厚な扉の前。先ほど降りてきた地上と地下をつなぐ階段ははるか後方だ。
「左様でございます。どうぞ、開けて入ってくださいませ。」
セルジオがにこにこと人のいい笑みを浮かべて扉を開けることを勧められる。
「では、開けますよ。」
キュリロス師匠が俺をしっかりと抱えなおし、それから扉に手をかけ豪快にバッと扉を開けた。
「そ、それで!!?初めて魔法をお使いになられたライモンド様は!!?!?反応は!?」
「大変可愛らしかったですわ。ご自身の手によってふわりと羽が浮いた時など、その宝石のような瞳を一段ときらめかせ喜んでおられるご様子など本当に愛らしいの一言に尽きますわ。」
「んんんんんんんんーーーーーーッッッ!!!!!絵師を!!絵師を呼ぶのだ!!!!すぐさまそのお姿をかき上げなければ!!」
「あの………もうそろそろ帰りたいんですけれど。」
「何を言う!?今まで!ずっと!!ライモンド様のお側にいたのだろう!!!?お前の知るライモンド様を余すことなく、隅から隅まで、余すことなくこの私に語るまでは帰しはせぬ!!!」
「かえりたい。………あら?ライモンド様に、キュリロス様?」
部屋の中で繰り広げられていた怒涛のやり取りに、俺もキュリロス師匠も動くことを忘れていた。
部屋の中に唯一あるベッドに腰掛けたマリアと、そのベッドわきに置かれた椅子の前の床に崩れ落ちたままこちらを見るホフレと思しき男が酷く滑稽だ。
マリアの声がかかってようやく、時間が戻ってきた感じがする。
「えーっと。無事そうで、よかった。」
「あの、ご迷惑をおかけしましたわ。王宮に帰ろうにも帰していただけなくて。」
「うん。そうかなって、思った。」
ひとまずマリアに怪我がないことを確かめたくてキュリロス師匠の腕を叩くと、さすがに床からは立ち上がって椅子の横にたたずんでいるホフレを警戒しつつマリアに近づいた。
「マリア。大丈夫?何もされてない?」
「ええ。最初は少し怖かったですが、どうやらライモンド様のお話が聞きたかったご様子で。」
と、少し困ったように笑うマリアの体に傷がないか見える範囲で確認する。
流石に服に隠された部分に触れるほど無神経じゃない。
「ところで、いつまでホフレは固まってるの?」
「ひぅっ!?」
ベッドのすぐそばで未だ動かないホフレに声をかけると、変な鳴き声が出た。
「どうして、マリアをさらったの?」
動かないのをいいことに、ホフレとの距離を詰める。
ホフレはグッと体を固くさせたものの、その場から動くことも、口を開くこともしない。
「………ねぇ、黙っていたらわからないでしょう?どうして、俺の側からマリアを引き離したの。答えて。」
眼前まで迫り、足元からホフレを見上げて問い詰める。
「あ………っ。うぁ………ッッ!」
「なぁに?何が言いたいの?言葉にしないとわからないよ?」
みるみる内にホフレの顔が青と赤に染まっていった。
顔色を急激に変化させるなど随分と器用なことをするものだと観察していると、ホフレの丸メガネに隠れた瞳にきらりと光るものがあふれ、
「も………っ、しんでもいい……………ッッ!」
幸せそうな表情を浮かべ、その場に崩れ落ちた。
「え、ぇぇぇ………。」
カオスか?




