52話
門の前にたたずむ二人の門番は、自分たちの目の前に来た一人の子供をいぶかし気に見た。
「なんだぁ?迷子か?」
フードを深くかぶっている子供の顔もその身なりもわからないが、わざわざ東の貴族街で最も大きなカッシネッリ邸の警備である自分たちのそばに寄ってきたのだ。もしかしたら貴族の出かもしれない。
自分と同じくカッシネッリ邸の門兵を務める相棒に目くばせをし、一歩自分が前に出る。
「おーい。黙ってたらわからないぞー。」
子供に一歩近づけば、その子供はびくりと体を跳ねさせ一歩下がった。
大人の自分が急に近づいて驚かせたのかと反省し、その場にしゃがみ込む。
わずかにその子供の被るフードから見える髪は暗い髪色だ。詳しい色は陰になっていてわからない。
「ほーら。こわくないぞー。」
ずりずりとわずかに距離を詰めると、今度は逃げなかった。
「よしよし。お兄さんは怪しい人じゃないからなー?」
ふと、後ろにいるはずの相棒の声が聞こえないことに気が付いた。
平素なら、先ほどの発言に対してのツッコミが飛んできそうなものなのに。
その違和感に、後ろを振り返ろうとしたとき。
「お兄さん。」
「え…………?」
子供が、いや、少年が言葉を発した。
「よそ見は駄目だよ?」
フードから覗く少年の、珍しい黒い髪と緑の瞳に目を奪われ………。
どさりと自分の目の前に門兵が崩れ落ちた。
「さて、ライモンド殿下。入りましょうか。」
にこりと微笑んだキュリロス師匠が意識を刈り取った門兵を二人左右の小脇にかかえ、ゲートの中、門からカッシネッリ邸に続く道の小脇にある木の根元の目立たない場所に寝かした。
「これで逃げることになったとしても多少は楽になるでしょう。」
いい笑顔でそうのたまったキュリロス師匠に苦笑いを浮かべながら、優しい門兵のお兄さんに手を合わせておく。
いや、殺してないけど、気分的にね。
「というか、これでカッシネッリが無関係だったらどうするつもりだったんですか。」
「ははっ。その時は普段の警戒が甘いと逆に説教してやりますよ。さて、では参りましょうか。」
再びいい笑顔をしたキュリロス師匠に抱き上げられ、館までの道を見つからないように庭の遮蔽物に隠れながら進んだ。
流石にノッカーは俺の手では高くて届かないのでキュリロス師匠に任せ、俺は一歩後ろに立つ。
キュリロス師匠の目くばせに、俺は自分の髪と目を隠していたフードを外した。
コンコン
「…………どちら様ですかな。」
扉の向こうから、こちらを警戒する男の声が返ってきた。
「もし。ホフレ殿はいらっしゃいますかな?」
キュリロス師匠が答えると、相手はこの扉を開けるかどうか考えあぐねているようだ。
「ねえ、今この館にホフレはいるの?」
渋い顔をしたキュリロス師匠が俺を止めようと腕を伸ばすが、それを逆に手で制した。
「………ご用件をお伺いしても?」
なおも用心深くこちらを探る相手に、俺は語気を強めて命令する。
「つべこべ言わずにここを開けろ。いつまで俺を外で待たせるの?ライモンドがお前に会いに来たとホフレに伝えなさい。」
名前を出した途端、扉の奥でガタリと大きな音が鳴り、次いで勢いよく扉が開かれた。
とっさにキュリロス師匠が俺をかばうも、わずかに相手の方が早かった。
壮年の、白髪交じりの執事に肩をがしりと掴まれ、その瞳に俺が映るのがわかるほど至近距離で目が合った。
「ら、ララライモンド様!!?!?ほ、本物でございますか!?」
相手の勢いにあっけにとられ、先ほどまで張っていた肩の力が抜けてしまった。
「ほ、ほんもののライモンドくんですよー?」
「こ、れは!?美しいビロードのような黒の髪に、澄んだ宝石のようにきらめく緑の瞳!まさしくライモンド様!」
ぎちぎちと俺の肩にその執事の指が食い込み地味に痛い。
「ハッ!こうしてはおられません!ささっ、ホフレ様の元にご案内いたします。そちらの護衛の方もどうぞこちらへ!ホフレ様もお二人のためならば時間をおつくりになられます!」
感激したかのように、自らの胸の前で手を組んだその男からすっと距離をあけ、キュリロス師匠の後ろに隠れる。
「おや、私もご一緒しても?」
「もちろんでございます!!先ぶれを出していただければお迎えにも上がりましたのに。さあさあ、こちらでございます。」
先導し、屋敷の中へと案内を始めるその男に付いて行く。
「今この屋敷にホフレがいるの?」
「ええ、左様でございます。今はおそらく婚約者のマリア様とお話しされているかと。」
「………へぇ?マリアが、この屋敷にいるの。」
まさしく俺たちの探しているマリアの情報がこうもたやすく手に入るとは。
やはり俺をおびき出すための罠だったかもしれない。と、俺の横を歩くキュリロス師匠のズボンを軽く引く。
キュリロス師匠の、その白髪交じりの頭を持つ男をにらむ視線が強くなった。
「左様でございます。なんでも王宮でもう七年も礼儀見習いをしていらっしゃるとかで。この度ホフレ様がぜひライモンド様のお話を聞きたいと先日この屋敷にお出迎え致しました。ライモンド様もマリア様をご存じで?」
おや?どうも様子がおかしい。
「ええ、まぁ。よく知っていますよ。」
「それはそれは!でしたらご一緒にお話を楽しめるかと。」
これは?何かが食い違っているな?
キュリロス師匠もそれに気が付いたらしく、俺に視線をよこす。
とはいえ、俺もどういうことかわからないので答えようがない。
これはもうちょっと様子見か?
ひとまず首を横に振ると、キュリロス師匠は自分の腰に佩いた剣から手を離した。
「ところで、そのグレーの髪色、オスト帝国の出ですかな?」
「そう見えますか!?」
バッ!とこちらを振ったその顔が喜色に染まった。
「いえいえ!実は私自身はチェントロの生まれなのですが、先祖返りかただ異常なだけなのか、兄弟の中で私だけこのような色になりまして。子供のころはこの髪色のせいで家族の誰にも家族とみなされなかったのです………。まぁ、そのおかげでホフレ様に拾っていただけたので結果としてはよかったんですが。」
そういう男の顔は本当に嬉しそうだ。
バルツァー将軍はホフレ・カッシネッリという男について危険であると言っていたが、案外見方次第では違うのかもしれない。
「左様で。ところで、あなたのお名前を聞いていませんでしたな。お聞きしても?私は、もしかするともうご存知かもしれませぬが、キュリロス・ニアルコスと申します。」
「ああ、これは失礼いたしました!私は、セルジオと申します。まことにありがたいことにホフレ様の側付きをさせていただいております。」
男、ことセルジオはそう自己紹介をしつつ、屋敷の中の一つの扉を開いた。




