51話
王宮の前でキュリロス師匠にかぶせられたフードで視界は狭いが、そのフードの下から人生初となる王都の街並みを馬で歩く。
「チェントロ王国は世界の中心に位置します。王宮を中心に貴族街、平民街と順に円形状の都市になっており、今から向かうのは東の貴族街ですね。ここは西地区ですので、少し歩かねばなりません、が。今日はマリア殿のため、少しばかり飛ばしましょうか。舌を噛んではいけませんので口は閉じたままでいてくださいね。さてコジーモ殿、ついてきなさい。」
ハァッ!と掛け声とともにキュリロス師匠が馬を走らせたことにより必然的に俺の体はキュリロス師匠の胸により背を預けることになったが、筋肉のためか体幹がしっかりしているからなのか、安定性抜群だ。
これ幸いにと周囲に視線を巡らせれば、目に入るのは中世ヨーロッパを思わせるような街並み。
貴族街の名は伊達じゃない。お屋敷レベルの家がぼんぼんと並んでいる。
道の真ん中は馬車や馬の通るための、いわゆる車道のようなものなのか、人はその車道から一段高い道の端を歩いている。
その人もほとんどが執事やメイド然とした格好をしているものばかりだった。
中には商人だろうか、大きな荷物を抱えた人もいる。
今まで見たことのなかったチェントロの王都に、俺はついつい見入ってしまった。
そうやって街を観察しているうちに、西区から東区に入っていたのか、キュリロス師匠が走らせていた馬の速度を緩めた。
「もう着いたんですか?」
「いえ、目的の屋敷はもう少し先ですが、馬だと目立ちますのでここからは歩いていきます。」
「馬は私がここで預かりますよ。ライモンド様は………聞くまでもなくマリアさんを迎えに行くんでしょう?」
呆れたようなボッサの声に、俺は一つうなずく。
キュリロス師匠も心得たようにボッサに目くばせをした。
「ではコジーモ殿、馬は任せました。何かあれば、ライモンド殿下を託しますので、すぐ逃げられるようにご準備を。いざとなれば私が殿を務めます。」
キュリロス師匠はそう言いつつ、その場にしゃがんで俺とキュリロス師匠の体を固定していた紐を外した。
「さて、ではどのようにカッシネッリ邸に入りましょうか。」
そのままキュリロス師匠は俺のフードを被りなおさせたり、服を整えてくれる。
そんな俺たちを見ながら、ボッサは再び眉間にしわを寄せた。
「え、そこまで無計画なんですか?」
「正直そのまま突っ込めばいいと思っていたので。」
「は!?もしかしたらマリアさんを攫ったかもしれない相手に正面突破考えてたんですか!?」
「ええ、まあ。大丈夫ですよ。これでも俺、自分の価値はわかってるつもりなので。」
マリアを攫ったのは、十中八九俺が関係している。
この場合、相手がマリアをどのように扱うのかによって俺はある程度相手の意に沿う行動に出ざるを得ない。
俺はマリアに指一本でも危害を加えようものなら相手を絶対に許さない。
だが、それと俺が言うことを聞くかどうかは別問題だ。
俺が相手の意見を飲まないことでマリアに危害が加えられるのであれば、俺はたとえそれがどんなに屈辱的なことであっても従う。
それなら、俺が相手の言うことを聞けばいいだけなのでまだいいほうだ。
生きていなかったら人質は意味をなさないのだから、すでに死んでいることはないだろう。
そこに俺という餌が来たら?
キュリロス師匠とは離されるだろうが、まず俺に命の危険はないだろう。
キュリロス師匠は一人でも自分の身は守れる。
相手の出方によるが、マリアはともかく俺はひとまず王宮に返される。
カッシネッリ邸にマリアがいることさえわかれば、あとはバルツァー将軍に頼めばいい。
その間の時間稼ぎは俺がすればいい。
くいっとキュリロス師匠の服を引く。
「………お断りします。」
「まだ俺何も言ってません。」
「だいたい察しはつきます。生まれた時からずっとお見守りしてきたのですから。」
「それでも頷いてくれなきゃ困ります。俺は殺されない。わかっているでしょう。」
カッシネッリがどう動くかはわからないが、俺をおびき出すためにマリアを攫ったのならばそれが行動に出るはずだ。
それがわかり次第、キュリロス師匠にはマリアを助けてもらいたい。
キュリロス師匠一人ならば、どれだけ警備の兵がいようともマリアを奪還できる。
俺はその過程でつかまろうが、危害が加えられることはないから。
「キュリロス師匠にしか頼めない。マリアを優先してください。こんな言い方は好きじゃないけど、マリアがあちら側にいる限り自由に動けない。」
俺が巻き込んでおいて、何を言っているのか。
「…………わかりました。ですが、ライモンド殿下を置いては行きません。あなたを抱えたうえでマリア殿を連れ出します。あなたもマリア殿も私が守ります。ですので、ライモンド殿下もご自身を諦める癖は止めていただきたい。」
俺の手を取り、懇願するようにそう言ったキュリロス師匠に、俺は軽く頷いた。
約束は、できないけどね。




