5話
「ライは このおにわ はじめて?」
ジャン兄様がその可愛らしい顔でそう聞いてきたので、間髪入れずにうなづく。
「だう!」
「そっか!じゃあ おれが あんない してあげる!」
まかせて!と胸を張ってそうのたまうジャン兄様のことをキュリロス師匠もマリアも俺も微笑ましそうに見つめる。
「ジャンカルロ殿下。よろしければ私が抱き上げましょうか?ライモンド殿下はまだ赤子でマリア殿に抱えられておりますので、ジャンカルロ様もお話なさるなら近いほうがよろしいのでは?」
さらりとそんなことを提案できるなんて、キュリロス師匠はなんてイケ猫なんだ。
「ニャルコス!おねがい!」
どうやら舌足らずなジャンお兄様にニアルコスは言いにくいらしかった。
ニャルコスとかかわいいな。
キュリロス師匠に向かってめいいっぱい腕を伸ばしたジャン兄様に、キュリロス師匠は恭しく礼をした。
「お安い御用でございます。ジャンカルロ殿下。」
キュリロス師匠まじイケ猫。
「あの ぴかぴかしてるのが りゅうぎょくで、あっちの きが るいろうじゅだよ!」
ジャン兄様が必死に指さして懸命に説明してくれるのだが、いかんせん説明が子供のそれなので頭の中で固有名詞を文字に起こせない。
しかしジャン兄様が身振り手振り一生懸命説明しようとしてくれるので、俺もちゃんと喃語で相槌を打ちながら聞く。
「まるで竜が宝石を掴むがごとく様子から竜の守る玉、つまり宝という意味で竜玉。樹が流す涙が滝のようにみえることから涙滝樹と言うのですよ。」
補足説明をキュリロス師匠がいれてくれるので頭の中で漢字に変換でき、ようやくどういう意味かがわかる。
「それぞれノトスの言葉で竜玉がポースギュロス、涙滝樹がヒュールロンというんですよ。」
さらに補足でマリアさんが補足を入れてくれるのでこの世界との常識ともすり合わせできるので、非常にわかりやすい。
「おれの おかあさまが エルフっていうんだけどね、みなみのくには ここよりも もっともーっときれいなんだって!いつか ライも おれといこ?」
ジャン兄様の母親がエルフだということに驚きを隠せないが、ある意味納得する。
なるほどそれでこれだけの美貌なのか。
しかし、ファンタジーのド定番とも言えるエルフに会ってみたい。
ぜひともジャン兄様のご母堂にお会いしたい。
もう一度この庭に視線を巡らせる。
涙滝樹から流れ落ちた水が地面に、岩にあたり、砕けて辺りに舞う。
どういう原理か絶え間なく流れ落ちる水によりできた小川は透き通っていて、そこに泳ぐ魚の鱗が陽の光に反射する。
小鳥が飛んできて竜玉の籠の上にスッととまると、茎がしなり、籠が揺れ、中の光の玉から蝶の鱗粉のような光の粉がわずかに辺りに舞う。
キラキラと落ちるその光の粉が、地面に咲くクリスタルでできた花の花弁の上に落ちると、それは雪のように融けていった。
この庭園の中にジャン兄様によく似た絶世の美女がいたのなら、それはそれは美しいのだろう。
本当に、一度お会いしたい。
ハープとか弾いてほしい!
「あ!ニャルコス!おろして!」
俺がそんなことを考えていると、ジャン兄様が何かを思いついたようにそう声を上げた。
「御意。」
キュリロス師匠がジャン兄様を地面におろすと、ジャン兄様は俺がずっと気になっていた水晶でできた花を一本手折った。
「ニャルコス!」
「はい、殿下。」
再びキュリロス師匠に抱きかかえられたジャンお兄様がピンクの水晶でできた花を俺に渡してくれた。
「あかの アンタロスのはなは、ずっと だいすき!って いみなんだよ!ライにあげる!」
アンタロス、というのがこの花の名前だろうか、そっと俺の耳元にその花を挿してくれた。
ピンクに見えるこの花は一応赤色ととらえるらしい。
透明なので通常の色よりも薄く見えるのだろう。
「アンタロスの花はこの国では水晶華とも呼ばれています。アンタロスの花は成長過程がとても美しいのでライモンド様が大きくなられましたらお部屋で育てましょうね。」
それは楽しみだ。
これだけ美しい花なのだ。さぞ幻想的な成長をするのだろう。
「その時は私から水晶華の種を贈らせていただきます。」
「あう!」
「あ!ニャルコスずるい!おれも ライに なにかあげる!!」
「あーぶ!」
キュリロス師匠から物をもらえるのも嬉しいが、ジャン兄様にもらえるのも嬉しい。
将来何かプレゼントを贈るよ、という口約束だけなのに、それだけで俺は感情のコントロールが難しい赤ん坊だということを差し引いても機嫌がすこぶるよくなった。
あうあう!と無意識のうちに機嫌のよさそうな歌まで歌ってしまう。
不可抗力なんです。
元気よく返事をした俺に対し、ジャン兄様は俺の頬を両の手ではさみ、殊更優しい声で俺に話しかける。
「あのね、ライ。おれは ジョンみたいに からだは つよくないけど、ライの おにいさまだから おれが まもってあげる。」
そう言って蕩けるような笑顔を浮かべたジャン兄様。
その表情がどこか寂しそうで、俺のこの小さな体が大きくなったなら、俺こそジャン兄様を守りたいと思ったんだ。




