49話
「お久しぶりですね、ボッサ殿。バルツァー殿。なんでも、私の留守中にマリア殿が拐かされたとか………。さて、どうご説明なさるおつもりですかな?コジーモ・ボッサ殿。」
「あ、えーっと。それは、その………すみません。」
キュリロス師匠が戻った次の日。バルツァー将軍に話を聞きに行ってすぐにキュリロス師匠はバルツァー将軍のすぐそばに仕えていたボッサに笑顔で圧力をかけはじめた。
それにボッサは顔を青くさせ、しどろもどろになりながらも素直に謝っていた。
「もしマリア殿に何かがあれば…………、貴殿のその喉食いちぎりますよ。」
元冒険者ランクSの名は伊達じゃない。普段よりもいっそう低いキュリロス師匠の脅しの言葉に、ボッサの額に汗が伝う。
「まあまあ、キュリロス師匠。ボッサの処分についてはマリア自身に決めてもらうとして、今日は建設的なお話をしましょ?」
「そうですな。ではライモンド殿下。失礼いたします。」
先ほどまで笑顔でボッサを脅し……、ボッサとお話ししていたキュリロス師匠が俺のことをひょいと抱き上げた。
どういうことなのかとキュリロス師匠を見上げれば、先ほどとは違ういい笑顔でほほ笑む。
「ここが一番安全ですので。」
かっこいいかよ。
イケメンかな?いや、知ってた。イケメンだわ。イケ猫だったわ。
とりあえず俺もキュリロス師匠の体にぎゅっと抱き着いておく。
「は、ははっ。随分と仲がよろしいようで。」
それにバルツァー将軍が乾いた笑みを漏らした。
「ところで、今回はどういったご用件で?」
わざとらしいほどバルツァー将軍のその声に対抗するように、俺もわざとらしく子供らしい笑みを浮かべる。
「カッシネッリとロヴェーレ。マリアを攫うならどちらだと思います?」
「………なぜ、その二家だと?」
「グリマルディが娘を攫うなど愚問。ベルニーニならフェデリコ兄様がそれを止めるし、バルツァー将軍ならまさかご自身の評価を落とすような真似、なさらないでしょう?侯爵家以下ならばマリアは絶対に付いて行かないので王宮から攫うことは困難を極める。ならば、マリアが逆らえず、なおかつそれが利益になるのは?ロヴェーレかカッシネッリのどちらかかなって。」
「なるほど?そのお考えはライモンド様自身が?」
「そんなに気になります?」
「そうですな。気になりますね。」
「じゃあさっさとマリアを見つけてくださいよ。そしたらあなたが聞きたいこと、一つだけこたえてあげます。」
笑顔を消してバルツァー将軍を正面からじっと見つめると、バルツァー将軍もその顔から表情を消した。
しばらくじっと見つめあっていると、ふっとバルツァー将軍がふいに視線をそらし、その口を開いた
「その二家に絞るのであれば、カッシネッリ家ですね。」
「理由は?」
「カッシネッリは東国、オストの流れを汲む公爵家でありマヤ派の筆頭であることが一つ。次に、現当主であるホフレは、マヤ様がチェントロに輿入れしたことを機に自分の父親である先代のリチニオ様をその座から引きずり下ろした。まだ交代する理由もなかったのに、マヤ様の支援をするために半ば無理やり公爵位を継いだという話だ。婦女を攫うなどという非道な真似をするならばホフレの方だろう。」
「聞きましたね、キュリロス師匠。さっさと踏み込んでマリアを助けますよ!ホフレ・カッシネッリの館にGO!!」
「御意。」
ビシッ!とバルツァー将軍の執務室の窓を指させば、キュリロス師匠はいい返事をしてそちらに向かって走っていく。
いやいや、自分もノリでビシィッ!ってしたけども。
まさか、ここは二階だぞ?と思いつつぎゅっとキュリロス師匠の服を掴めば、応えるように俺を抱きかかえる手に力が入った。
思わず走るキュリロス師匠の腕の中からバルツァー将軍を見れば、彼もぽかんとしている。
これは本格的に、と思った瞬間。ふわりと内臓から浮き上がる感覚と頬にあたる風に本当に二階からキュリロス師匠が飛び降りたことを悟った。
と、同時に後ろからバルツァー将軍の焦ったような声が聞こえてきた。
「ゲルッ、コジーモ!!!!追え!!ライモンド様をお守りしろ!!!」
「は、はぁっ!?しょ、承知いたしました!!!!!」
何というか、ご迷惑をおかけします。
「ボッサ。大丈夫?」
あの後、猫のようにしなやかに二階から着地したキュリロス師匠の後、道なき道をボッサは必死についてきたため息も絶え絶えだ。
その間俺はキュリロス師匠の胸元に顔をうずめていましたとも。
下手なアトラクションよりも怖かった。
「さて、王宮を抜けたわけですが、どうやってカッシネッリ邸に参りましょうか。」
「ちょ……っ、なんの対策も、考えてなかったんですか?」
軽く汗を拭いたボッサが若干呆れたようにそう言った。
「というか、そのカッシネッリ邸まで遠いんですか?」
「歩いていくならちょっとかかりますよ。馬車か、移動魔法を使うべきですねぇ。キュリロスさん、移動魔法の心得はありますか?」
「残念ですが、私にはあまり魔力はありませんので、簡単なものしか。」
と、キュリロス師匠は申し訳なさそうにそう言った。
いやいや、キュリロス師匠のその剣術の腕でさらに魔法も使えるとなったらチートが過ぎるよ。
ボッサはキュリロス師匠の魔法の腕にそこまで期待していなかったのか、前髪をかき上げ眉根を寄せた。
「私もそこまで得意じゃないので、そしたら適当に馬車を拾うか、そこの警備兵に馬を借りましょうか。王宮から正規の手続き出したら馬車も借りれたんですよ?なのになんで飛び出しちゃうんですか。」
ボッサからの呆れた視線が痛い。
バツが悪くてついふっと視線を逸らす。
「いや、つい指と口が勝手に動いて。」
「私も、ごーという言葉はわかりませんでしたが、こう………。行かねばならない気がして。」
流石にキュリロス師匠も二階からのダイブにボッサを付き合わせたことに多少の罪悪感を感じているようだ。
「もー。ライモンド様は頭がよろしいんですから、思い付きでの行動は控えてくださいよ。それに、本格的に動くのは明日からって言ってませんでしたっけ?」
ぶーぶー文句を垂れるくせに、ボッサは馬車を拾うのと馬を借りるのとどちらが早いか周囲に視線を巡らせる。
「お前たち軍を動かすのは明日からです。これは個人的な調査なので本格的には当たりませんよ。さて、早くカッシネッリ邸に行きましょうか。」




