47話
マリアが消えたその日。部屋を訪れた俺を母上は快く迎え入れてくれた。
そして、すぐさま俺の側にマリアがいないことに気が付いた。
「あら?ライモンド、マリアはどうしたの?」
父上と頻繁に会うようになった母上は殊更綺麗になったと思う。
今まで勝気な釣り目がどこか厳しい印象を与えていた母上だが、今では前よりも素直に感情を出すようになりただのツンデレと化している。
そして、一応母上の側付きは定着した。
あの日替わりで側付きを変えざるを得なかった母上からは想像もできない。
「おいで、ライモンド。お母様のお膝においで。」
ボッサに下がってバルツァー将軍の元に行くよう手で指示を出すと、ボッサは心得たように一礼をして出ていく、わけではなかった。
「え、ライモンド様ってマヤ様のお膝に乗るんですか!?なにそれ、絵師呼んで絵にしてほしいくらい珍しいですね!」
「いや、俺七歳児だからね?ていうかボッサは仕事をなさい。さっさとキュリロス師匠を呼びに行くことがお前にできる唯一の俺からの信用回復の第一歩なんですからね?」
「これが七歳児……?」
すごく失礼なことを言われてる気がするので、ぎろりと睨んでおいた。
「わ、わかってますよ。それではマヤ様、ライモンド様、失礼いたします!」
ボッサが急いで母上の部屋から退出するのを見送った後、改めて母上に向き直る。
「まぁ。ニアルコスがいないとは聞いてはいましたけど、後任の方は、何というか、自由な方ですわね。」
困ったように頬に手を当てそう言った母上にとりあえず頷いて同意しておいた。
「ところでライモンド、今日マリアはいないの?ニアルコスもそうだけど、二人のどちらともいないなんて珍しいわね。」
母上は純粋に心配してくれているのだろう。しかし、母上の側付きはもれなくマヤ派の貴族の娘たちだ。
母上の世話をしながら、そばに控えながら、部屋にいる全員の耳がこちらに集中していることがわかる。
まあそりゃ気になるよね?
彼女たちもマリアと同じように礼儀見習いのために母上の世話係になったとはいえ、元は貴族。各々父たちにわかる範囲での報告をしろと言い含められているはずだ。
「ええ、今日はマリアお休みなんです。」
「あら、病気かしら………。ロウェナ、何か知ってる?」
「いいえ。そのようなお話は聞いてませんわ。」
とはいえ、王宮に礼儀見習いに来る女性はたいていがマリアのように学園に通わず自分の将来のためにコネを作りに来たり、貴族間での暗黙の了解や力関係を学びに来ている女性だ。
つまり、戦いや荒事には慣れていない温室育ちの女性たちだ。
本気で心配そうな表情を浮かべている。
と言うことは、少なくとも母上の世話係である女性たちは今回の件には関係ないのだろう。
「俺のところにもなんの連絡もないんです。こんな事初めてで、母上のお世話係の方なら何か知ってるかなって思ったんですけど………。そうですか………。」
正直、マリアを攫うのであれば、母上付きの世話係を使うのが一番手っ取り早いと思っていたから、ここで何も手掛かりがなければ今の俺にできることは何もない。
当てが外れて落ち込む俺の頭を母上が優しく撫でた。
「ライモンド、わたくしもアブラーモ様にお話ししておきますわ。もしかしたらグリマルディ家の方で火急の用があったのかもしれないもの。」
本当にそうであればいいのに。
俺のせいでマリアが傷つくことがあれば、きっと俺は耐えられない。
もしも、本当にマリアが俺のせいで、マヤ派の貴族に攫われその身が危険に晒されているのであれば、その時はバルツァー将軍に助けを求めよう。
兄様たちがいるのだから、多少の不自由はあれど、搾取されつくされることはないだろう。
知らず知らずのうちに顔を俯かせていたらしい俺の頬に母上が手を添えた。
母上が俺の顔を持ち上げると、母上の釣り目勝ちのグレーの瞳と目が合う。
「ライモンド、わたくしは頼りないでしょう?嫉妬に駆られて、息子に諭されるまで自分の気持ちすら素直に伝えられなかったんだもの。」
そんなことない、って否定できないのが悲しいところだよね。
「ねえ、あなたたち。ちょっとライモンドと話がしたいのよ。少しの間下がってくれないかしら。」
母上の側付きたちがひとつ礼をして部屋から退出しようとするので、軽く手を振って見送ると微笑みがもらえた。
これがショタの力か。
改めて向かい合った俺と母上。
頬に手を当てたまま、親指で俺の目元をなぞる。
「わたくしが悪いのよ。あなたのその目と、髪に………わたくしが王太子にだなんて言ってしまったから。」
「母上が言わなくても、俺のこの色彩を見ていずれ誰かは言い出していましたよ。」
「ライモンドは優しいわね。アブラーモ様みたいだわ。」
そう言って母上は俺のことをぎゅっと抱きしめた。
「マリアのことはわたくしもできる限り守るわ。元々はわたくしがまいた種ですもの。」
「無理しちゃいやですよ。母上も幸せになるんですから。」
そう言いぎゅっと抱き返せば、同じくらい強く抱きしめ返してくれる。
「ねぇ、ライモンド。王様になりたい?」
穏やかな声でそう尋ねられ、俺はふるりと首を横に振った。
「いいえ、まったく。俺に王様なんて向いてないんですよ。フェデリコ兄様が王になるべきです。」
「じゃあライモンドは何になりたいの?」
“何に”と聞かれて、今まで“これになりたい”っていう考え方をしていなかったことに気が付いた。
冒険者になるのは自由に生きる手段だ。
これがしたいから冒険者になりたい、とかいう具体的な願いとかはなかったな。
「んー。なんだろ。」
兄様たちがそれぞれの分野に特化しているから、それ以外の、別の分野で活躍したいっていう願いはあった。
二番煎じと言われるのがなんとなく嫌だったし、兄様たちの活躍する分野で自分が活躍できるとも思えなかったからだ。
だから誰もなっていない冒険者になりたかった。
「絶対冒険者じゃないと嫌だって言うわけじゃないけど、世界を見て回りたい。昔マリアが俺に話してくれた、オストにいる竜騎士にも会ってみたい。」
思えば、俺が外に興味を持ったきっかけがそれだったんだ。
まだ自分で自由に動けない俺を抱えたマリアが東の空を見せながら話してくれた。
中つ国からずっと東、神の坐す険しい山々に住む神遣であるドラゴン。
そのドラゴンと心を通わせる竜騎士の存在は、俺のファンタジー心をくすぐった。
「そう。オスト帝国の皇族はね、みな竜とともに生きるのよ。女の私はお兄様もいたし、いずれどこかに嫁ぐからっていう理由で私の竜はもらえなかったけど、男の子、特に国を継ぐ長子には必ず竜が贈られるの。あなたはオストの皇族じゃないからもらえないけど、でもきっとお兄様やお父様にお願いすれば見せていただけるわ。」
「うん。いつか、マリアにも見せてあげたいな。」
「そうね。さ、今日はニアルコスもいないのだし、マリアの捜索はバルツァー様に任せておきなさい。その分、お母様と一緒にお話ししましょう?」




