46話
ふとマリアが目を覚ますと、そこは見覚えのない薄暗い部屋だった。
長時間寝ていたせいか、思考がぼんやりとする。
上手く働かない思考の中で、自分のいる部屋を観察する。
窓一つない薄暗い部屋の中を照らすのは、照明兼観葉植物として置かれた竜玉の植木。
竜玉の植木以外には、どこに繋がるのかも分からない扉が二つと、今自分の寝ているセミダブルほどのベッドが一つ。
そこでマリアは自身の迂闊さに苦々し気に唇をかんだ。
自分の思い違いでは無ければこれはライモンド様をおびき出すための罠だ。
あの日、ライモンド様を自分のいいように扱おうと考える貴族の存在を、他でもないライモンド様自身に聞かされた日からずっと考えていた。
自分は、いつかライモンド様の弱みになる。
キュリロス様ならば私のように捕まることもなかっただろう。
お優しいライモンド様のことだ、私を見捨てることなどしないだろう。
たとえそれでご自身の自由がなくなろうと、笑って私が無事ならそれでいいと言うようなお方だ。
だからこそ自分で、なんとか自分の手でここから逃げ出さなくてはならない。
まずは脱出経路を探さなければとマリアはベッドから立ち上がり、部屋にある扉の一つに手をかけた。
中はどうやら浴槽とトイレらしいが、そこには天井にほど近い位置に湿気を追い出すための窓があるだけだ。
手を伸ばすも身長が足りず、指先すら届かない。
他に脱出経路がないかと視線を走らせるマリアは努めて冷静に見えた。
しかしそれはあくまで表面上マリアがそうあろうと見せているだけであり、実際には初めて陥る命と貞操の危機に手先が冷え切っていた。
その部屋にここから逃げ出す手立てがないと悟ると、再びベッドのあった部屋へと戻った。
ふらりと力なくベッドに手を突き眉をしかめたマリアは、初めてのその危機に焦り、気づかぬうちに視野が狭まっていたらしい。
「何を、しているんだね。」
自分の耳元、すぐ後ろから聞こえたその声にマリアが後ろを振り返ろうと体を跳ねさせた瞬間、腰をグンッと引き上げるような感覚とともに体が浮き、次の瞬間にはベッドにその身を押さえつけられていた。
何が起きたのか目を白黒させるマリアの上に影がかかり、竜玉の光によって照らされた相手の顔がうっすらと浮かび上がる。
「ホ、フレ……っ、さまっ!」
それは自分と同じ公爵家の、といっても相手は自分と年は近しいがカッシネッリ公爵家の現当主。
そして、マヤ派を筆頭する貴族だ。
逆光でホフレのかけた丸メガネが白く反射し、その表情は見えない。
「あなたが私をここに……っ?何が、目的ですか。」
間違いなく自分をここへ連れてきた主犯である。
その目的は言わずもがなライモンド様が関係しているのだろうが、マリアはその詳細がしりたい。
せめて、ここから逃げ出せなくとも、その情報だけでもライモンド様にお伝えしなければならない。
「何が目的……?それは君が一番わかっているだろう、マリア。」
ホフレ・カッシネッリはかつて自分の婚約者候補にもなった相手だ。
自分の顔の横にホフレが手をつきぐっと顔を寄せ、ベッドについた手とは逆の手で私の顔を撫でた。
まるで睦合う恋人のような手つきに、私はホフレを憎々し気に睨みつける。
「私を嫁にしてライモンド様に取り入るおつもりですか。そんな卑怯な手を使って、ライモンド様があなたを重用するとでも?」
それは強がりに過ぎないが、しかし、どうにかして自分を奮い立たさなければ動けなくなるとわかっているからこそ、強がりであっても何か行動を起こさずにはいられない。
せめて私が学園に通いもっと学を修めていれば、ここを切り抜ける策の一つでも思いついたかもしれない。
もしもバルツァー公爵家のような武人一家に生まれていれば、女だてらに武術を修めていれば、そもそもこんな風につかまったりしなかったかもしれない。
何もできない自分が、心底憎い。
そんな自分に唯一できる抵抗が、今無様にベッドの上に押し倒されている自分を見下すこの男に屈さぬよう睨みつけることだけだった。
「ふむ。それもまた、魅力的ではあるが。わかっているだろう?私が、お前に何を望んでいるのか。」
耳元に唇を寄せたホフレが優しく、まるで愛しい人を相手にするように囁いた。
「マリア……。さぁ、私を喜ばせてみろ。」
「ボッサァァァァァァアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」
「うお!?ちょ、急に叫んでどうしたんですかライモンド様!?」
「今!!ものすごく!!!マリアが危機的状況にある気がする!!!!!ボッサ!今すぐ行きましょう!すぐさまマリアを探し出すんですよぉ!!!」
「無茶ぶりが過ぎる!!!!」




