42話
「失礼します!キュリロスさんの代わりにライモンド様の警護に参りました!」
マリアとそんな話をしていた時、ノックも俺の許可もなく無遠慮に開けられた部屋の扉から襟足の長い金髪の男が入ってきた。
「ライモンド様ですよね?私、コジーモ・ボッサと言います!キュリロスさんがいない間この部屋の警護につくことになりましたので、よろしくお願いしまーす!」
俺もマリアも、急に入ってきたその男に不快感を隠さない。
マリアに関しては俺をボッサから守るように一歩前へ歩み出た。
「あ、マリアさんですよね?これからライモンド様をお守りする者同士、よろしくお願いしますね。多分キュリロスさんに代わって警護につく機会が増えるので。」
キラキラとさわやかな笑みを浮かべるボッサだが、その笑顔が逆に白々しく胡散臭く見えてしまう。
「ボッサ伯爵のご子息ですね。確かにあなたは我がグリマルディ家に仕えているわけではないとはいえ、私は公爵家の娘ですよ。いささか無礼が過ぎますよ。」
「これはこれは、失礼しました。マリア様?」
許しを請うように、マリアの側に近づいたボッサがわざとらしくその場に跪きマリアの手を取った。
そのまま手の甲に軽く口づけをしたボッサが、マリアの手を握ったまま視線をマリアの後ろにいる俺に投げかけてきた。
「………ライモンド様にご挨拶しても?」
「最低限の礼儀もなっていないあなたがこの国の王子であらせられるライモンド様と言葉を交わせるとでも?すぐに出ていきなさい。」
マリアが体の位置をわずかにずらし、俺に向けられるボッサの視線をさえぎった。
「すみません。王族の方の警護など名誉なことで気が先走ってしまいました。ですが、今後警護するためにお部屋にとどまるわけですからご挨拶くらいさせていただけませんか。」
ボッサに握られた手を引き抜こうと手に力を籠めるマリアだが、相当力強く握っているのか手は未だにボッサに握られたままだ。
俺はマリアに対する失礼な行動に、マリアは俺に対する無礼にボッサへの嫌悪感がたまる。
「マリア。すぐにバルツァー将軍に連絡を取りましょう。少なくとも軍部の責任者は彼です。彼には引き取ってもらってください。」
「かしこまりました。」
あくまでもボッサに声はかけない。存在を完全に無視するのだ。
「ちょっと、ライモンド様!礼を失したのは謝りますけど、何もバルツァー様に言わなくても、」
「南の庭園、は遠いですね。母上の部屋に行きます。あぁ。その手、邪魔ですね。」
未だボッサに握られているマリアの手を一瞬見て、視線を部屋の中に向ける。
「ちょ、もう少し、穏便に話を、」
「あぁ。キュリロス師匠と鍛錬で使う木刀がありましたね。女性に力づくなんて紳士にも騎士にもあるまじきその手。俺が叩き落して差し上げますね。」
あくまでもその笑みはマリアに向ける。誰が牽制であってもこんな奴に笑みなど向けてやるものか。
そこまで俺が徹底してボッサを無視していれば、流石のこいつもこの状況に危機感を覚えたようで、すぐにマリアから手を離した。
「はい!ほら、離しましたよ。これでいいんでしょう?」
「ああ、邪魔な枷が取れましたね。じゃあ行きましょうか。」
「はい、ライモンド様。」
こういう時携帯とかスマホとかの遠隔で連絡の取れるデバイスを持っていないことが心底悔やまれる。
せめてキュリロス師匠含め騎士団がつけているような魔法伝達機を携帯できればいいのだが、高価なものでしかも魔術式が複雑であることから軍部と政治の中枢を担う貴族しか所持していない。
せめて一対一でもいいから連絡が取れる何かが欲しい。
それについてはジャン兄様にお願いされた目を隠したまま周りを察知できる魔法を考えるついでにベルトランド兄様と研究してみよう。
ともかく、今はこのボッサとかいう男からすぐに離れたい。
部屋を出ようとマリアの手を取り扉に手をかけたところで、後ろから腕が伸びてきてその扉自体を押さえられた。
「あーっ、もう!私の責任なんですから私が部屋を出ますよ!今ライモンド様が部屋から出ると貴族共の格好の的なんだから絶対に部屋から出すなってキュリロスさんに言われてるんですから!」
初めからそうすればいいのにと思った俺は悪くない。
ぶつぶつ言いながら部屋から出たボッサを見送り、マリアとともに部屋の中に戻った。
都合がいいと言うか何というか、この世界に盗聴器のようなものは存在しないので外からの盗み聞きさえ気を付ければいいという点が楽でうれしい。
「何だったんでしょうね、先ほどの対応は。無礼にもほどがあります。」
「俺はそれよりもマリアの手をあんな風に握ったのが気にくわない。あんな奴のところにだけは嫁に行ってほしくないです。」
「私はあのような方にライモンド様を任せたくないです。」
俺は兄弟もだけど、マリアコン、師匠コンでもあるのでこんなことを言われたら嬉しくなるよね。
絶対マリアに俺のこの七面倒くさい事情に付き合わせて望まぬ結婚だけはしてほしくない。
それはキュリロス師匠も一緒だけど、最悪師匠は俺と一緒に冒険者、平民に戻ることもできる。
「ねえ、マリア。一つだけ約束して。」
「はい、ライモンド様。」
「俺を理由に何かを諦めることだけはしないでね。それと、俺を理由に何かを強要されそうになったら、迷わず俺のことを見捨てて。マリアの幸せが俺の幸せにもなるから。」




