41話
七歳となっても俺の行動範囲はあまり広がることもない。
強いていうのであれば、俺を訪ねてくる貴族が少し、いや、かなり増えたくらいだ。
ものすごく面倒であるが、自分がそう仕向けたのだから文句は言うまい。
「ライモンド様。モンテスキュー伯爵様からお茶会の招待状が届いております。」
「………それどうせモンテスキュー伯からだけじゃないんでしょう?」
あの日、バルツァー将軍をマヤ派にけしかけた日を境に、マヤ派とカリーナ派両方から俺への探りが増えた。
バルツァー将軍自身から話を聞いたカリーナ派は、俺が表に出ないからあの手この手で俺と懇意にしているのがマヤ派の貴族かどうかを確かめようとしている。
一方、バルツァー将軍を筆頭に、カリーナ派が自分たちに探りを入れてきていることに気が付いたマヤ派は、その理由を探していた。
そして、その過程でどうやら俺が関わっていることに気づいたのだろう。
俺とカリーナ派の関係を知ろうと躍起になっている。
あわよくばカリーナ派を出し抜いて俺を自分たちの派閥に加えたいのだろう。
「本当に、大人たちは大変ですよね。これ、五年持つと思います?」
「申し訳ございません。私にはよくわかりませんわ。」
困ったように眉尻を下げたマリアに苦笑いを浮かべる。
「うん。俺にもわからない。五年持ってほしいなっていうのはただの願望だけど、どうだろ。定期的に餌は投入する必要あるよね。」
「えさ、でございますか。」
「そ。しばらくマヤ派とカリーナ派で腹の探り合いをしてほしいの。せめて俺が学園に入れる下限の十二歳になるまで。欲を言えば十四歳までの七年間。俺がマヤ派とかカリーナ派とかの貴族と懇意にしている事実はないから、ほったらかしだとすぐに嘘がばれるだろうね。」
貴族だって暇じゃない。領地のある人は自分の領土を統治する必要があるし、そうでなくとも貴族として割り振られた仕事がある。
さらに自分の家と関係のある貴族たちと今後も仲良くしていくために交流は欠かせない。
だからその合間に俺の周囲のことを探るのは意外と骨が折れる。
しかも、探るのがあからさま過ぎれば他の貴族から反感をかうのでできるだけ秘密裏に探らなければならない。
今まで俺が幼く、ほとんど部屋から出ていなかったこともあり、俺を探る貴族はあまりいなかった。
あまり、というだけで全くいなかったわけではないが、それでもキュリロス師匠一人で対処できるほどだったわけだ、が。
「ライモンド殿下。キュリロスでございます。」
「どうぞ。」
ノックの後に入室を求めるキュリロス師匠の声に許可を出せば、キュリロス師匠がするりと体を滑り込ませて部屋へ入る。
「ライモンド殿下、近頃この東の回廊に出入りする者が増えております。部屋の中であろうと、決して一人にはなりませぬようお気をつけくださいませ。」
「うん。キュリロス師匠は今から任務?」
「………ええ。どうやら、私をこの部屋から遠ざけたい輩が軍にもいるようで。すぐに片付けて戻ってまいります。」
「………無理して怪我だけはしないでくださいね。」
「はい、もちろんです。ライモンド殿下を利用しようとする輩にライモンド殿下の身辺警護を必要以上に任せる口実は作りませんとも。」
にこりと笑みを浮かべたキュリロス師匠はそう言って、ひとつ礼をしてから部屋を退出した。
「そういう意味で言ったわけじゃないんだけど。」
変な約束をしてしまったせいだろうか。キュリロス師匠は今までとは比べ物にならないくらい俺の“敵”に攻撃的だ。
特に、周囲から俺を探ろうとする手が強まれば強まるほど、キュリロス師匠の纏う雰囲気もピリピリとしていった。
そうなってほしくてあの約束をしたわけじゃないんだけど。
「ねえ、マリア。俺間違ってた?」
俺の懐刀だなんて、俺の最後の砦だなんて、そんな発言をしなければよかったのかもしれない。
ぐるぐると考えがまとまらない。
何をやっても後悔しか生まれない。
「俺は普通に、家族で仲良く暮らしたいだけだったんだけど。」
全ての行動が裏目に出ている気がする。
少なくともバルツァー将軍にあんな言葉を吹っ掛けなければキュリロス師匠があんなに警戒をあらわにすることはなかっただろう。
「ほんと、政権争い、権力争いなんて俺の専門外なのにさ。平凡な俺には荷が重いと思わない?」
愚痴の一つもこぼしたくなるよね。
「私は、学園に通ったことはありませんし、そもそも嫁入りすることが前提でしたのでそういった難しいこともわかりません。ですが、少なくとも私は事前にそういったお話が聞けて良かったと思います。」
ぽつりぽつりと話し始めたマリアの言葉を黙って聞く。
「教えていただいていなければ、きっと、本当にそうなったときに自分の無力さを嘆くことしかできませんでした。キュリロス様もきっと一緒ですわ。私たちは、権力を求め争うことも、それに巻き込まれる危険性も、何も知る機会がありませんでした。私は嫁に入る身として必要なかったから。キュリロス様は元が貴族ではないからです。」
知らなければ想像などできない。
だから人は経験を積み、歴史を学ぶのだと思う。
俺が今回権力争いだのなんだのと言うことを思いついたのも、現代日本ではそんなことをテーマにした歴史が、物語が、掃いて捨てるほどあったからだ。
なぜ人がそう言った行動に出るのかも一つの勉学として成立し、研究されている。
俺はたまたまそれを知っていただけで、前世の記憶がなければ俺はそれこそ掃いて捨てるほどいるその他大勢の中の一人だ。
「でも、それはマリアが知らなかったからでしょう。知っていたら、俺よりももっといい案を思いついていたかもしれない。」
「ええ。かもしれません。でも事実私にその考えは頭にございませんでした。おそらく、今のキュリロス様の感情を理解しているのは私です。非常に、腹立たしい。何も知らなかった自分が、その判断をライモンド様に下させてしまった私が。お仕えするあなたを矢面に立たせたキュリロス様が、自分が、何よりも憎く、そして悔しいのです。」
マリアが言わんとしていることはわかる。
「でもそれは、」
「たとえそれが私の責任でなくとも、ライモンド様にはその考えがございました。だからしばらく待って差し上げてください。私も、キュリロス様にも、この行き場のない憤りを整理する時間が必要なのです。」
俺にも、少なくとも自分の中の感情を整理する時間が必要なのかもしれない。




