40話
ジャン兄様の社交界デビューから幾ばくもしないうちに、ジョン兄様はノトス連合王国へと旅立った。
「ジャン兄様、寂しいですか?」
今まで三人でしていたお茶会から、一人いなくなった。
南の庭園、ノトス連合王国の首都、エルフの里にあるという千年樹と同じあの大きな光る樹の下でジャン兄様と紅茶を飲む。
樹皮の下で、とくりとくりと光が鼓動し、樹全体に広がっていく。その様子をぼうっと眺めた。
「うーん。ジョンとはずっと一緒だったから、変な感じはするけど、思ったより寂しくはないかな。」
「え、意外。ジョン兄様が泣いちゃいますよ。」
俺がそう言うと、ジャン兄様はおかしそうにふっと笑った。
「その言葉の方がジョンはショックだよ!ジョンって案外格好つけなんだもの。特にライの前ではね。知らなかった?」
「初耳です。ジョン兄様って確かにかっこいいですけど、それよりももっと可愛いですよね。」
「ふはっ!それ聞いたらきっとジョンすごく落ち込むだろうなぁ!」
俺の言葉についにジャン兄様はお腹を抱えて笑い出した。
ひとしきり笑った後、ジャン兄様の目にはわずかに涙が浮いていた。
「そんなに面白かったですか?」
「うん、とっても。………ここにジョンがいないことが残念なくらいね!」
再び周囲に穏やかな空気が流れる。
未だにクスクスと小さな笑いを漏らすジャン兄様のことをじーと見つめていると、指でこつりと額をつつかれた。
そしてまたくすりと小さく笑うジャン兄様を、ちょっと驚かせてやろうと思った。
「で、ジャン兄様はどこに行くんですか?」
俺がそう尋ねると、ジャン兄様はぴたりとカップを持っていた手を止め、ついでつまらなさそうに唇を尖らせた。
「かくしてもダメですよ?ジャン兄様も、王宮を出るつもりでしょう?」
「もー………。なんでライにはばれるかなぁ。俺ってそんなにわかりやすい?」
「だって、俺兄弟の中で一番ジャン兄様のことを見てたから。ジョン兄様には敵わないけど、俺結構ジャン兄様のことわかってるつもりだよ?で、どこに行くの?」
俺がそう尋ねると、不満げに顔をしかめたあと、諦めたようにため息をついてから口をひらく。
「どこへでも!ライが市井に下る、下らないって話をしてたでしょ?俺もそれの真似事。」
「……は!?」
予想していなかったその言葉に、思わず声を荒らげた。
「ふふっ!意外?」
「そりゃそうですよ!え、なん……っ!?学園にも通わずに!?」
無謀にもほどがある。
しかも、ジャン兄様のいい方から察するに、南の国にいるジョン兄様も、西の国にいるオルランド兄様も頼らない考えと見た。
魔法も基礎的なものしか知らない、剣術は理論だけ幼いころにキュリロス師匠から学んだだけのジャン兄様。
しかも年だってこの間ようやく十二歳になったばかりだ。
「さすがにライが社交界デビューするまでは待つつもりだよ?」
「それでも十七歳でしょう。」
「それ以上は待てないよ。わかってるだろ?」
ジャン兄様だって馬鹿じゃない。
自分が弟である俺の存在に守られていることは理解しているし、この先自分という存在がどう影響を及ぼすかも薄々感づいている。
「………目の色はどうするんですか?」
ジャン兄様は、きっと誰が止めたって聞きやしない。
急にふらりといなくなられるよりは、万全の準備をさせたうえで送り出してやりたい。
そんな考えから出た俺の言葉に、ぱっとジャン兄様が顔を輝かせた。
「あのね!盲目の画家になろうかなって!」
「無謀!!ジャン兄様の無謀!!初めての一人旅で目をつむったままなんてできるわけないでしょう!!!!」
「わかってるよ!だから、ライとベルトランド兄上の協力が欲しかったんだって!ね、お願い!目を隠してても周りが見えるようになる魔法考えて!!」
「無茶ぶり!!!!!!でもジャン兄様好きだし、頑張って考える!」
「さっすがライ!ありがとう!」
もう、ジャン兄様の笑顔が見られるなら少しの苦労くらいなんとも思わない自分のブラコンっぷりが憎い!
「ねえ、ライ。」
「………なんですか?」
ジャン兄様の無茶ぶりをどうかなえようかと頭を抱える俺に、ジャン兄様が声をかける。
「ライは学園で騎士科に入るでしょう?」
「ええ、そのつもりです。でもどうしたんですか?」
「ほら、学園ってさ、生徒でパーティー組めるでしょう?」
俺もあまり学園に詳しいわけではないが、確かに学園にはパーティー制度と言うものがある、らしい。
高学年になると、授業の実技試験として五人ないし六人のパーティーを作り、今まで学んできたことをどれだけ実践で活かせるのかを試すのだ。
もちろん科とコースによっては、実践などなく、ただ理論の研究しかしないものもある。
まあ、自分はもちろんキュリロス師匠を目指して実践込みのコースを選ぶ予定だが。
冒険者を目指すものは、学生時代に組んだパーティーでそのまま各学園や出張所でクエストを受けることも多い。
まあ、あれだ。学園がいわゆるギルドの役割も担っていると思ってくれていい。
世界の冒険者の九割以上が学園出身だし、規模も質も信用度も申し分ない。
商業ギルドとか魔法ギルドとかの分野は学園のOBとかOGとかが学園に申請したうえでつくった部活をイメージしてもらえればいいと思う。
入っても入らなくてもいいけど、入ったらギルド塔みたいな部室に入れるようになったり、先輩から技術を学べたり、部費はいるけど備品を自由に使えたり、みたいな感じで特典があるっていう感じ。
対してパーティーは仲のいい子同士で一緒にやろねー。くらいの集まり。
まあほとんどが長く続くギルドに入ったときの特典が魅力的で何かしらのギルドに所属する冒険者が多いので、ずっと学園時代のパーティーで冒険を続ける者は少ない。
「俺は戦うことなんてこれっぽっちも向いてないでしょう?だから、一人で旅に出たら各地の学園の出張所で護衛の依頼をだして旅するつもりなんだ。だから、いつかライがパーティーを組んだらさ、俺の護衛任務請け負ってくれない?」
「それは、もちろん構いませんけど、どうしてですか?」
「…………ジョンの驚く顔、見たくない?」
にやりといたずら気に笑ったジャン兄様の表情に、俺も同じくにやりと笑い返す。
「最高!」




