38話
「あの!ライモンド様!」
「………レアンドラ嬢。どうしたの?」
ほぼ一方的に俺がバルツァー将軍と心理戦をしていると、話が落ち着いたタイミングを見計らってレアンドラ嬢が俺に声をかけてきた。
「あの、ライモンド様!わたくしと、婚約していただけませんか!!」
「………は?」
思わぬ言葉に動きを止める。
婚約?婚約ってなんだ??おぉっと?
「ふむ………。レアはライモンド様のことが好きなのか?」
「はい!わたくし、ライモンド様のお部屋だと知りませんでしたの。でも、それってとても失礼なことでしょう?だけどライモンド様はわたくしのことを一度もせめたりなさりませんでしたわ!とても紳士的でしたの。だから、わたくし結婚するならライモンド様がいいですわ!」
婚約ってやっぱりその婚約かー。
こらっ。バルツァー将軍は都合がいいな、みたいな顔するのやめなさい。
さっきまで俺にしてやられてたでしょ?そのままのうっかりバルツァーのままでいて。
策略巡らせないで。急に知将バルツァーにならないで。
脳筋のままでいて。
「ライモンド様、いかがですか?私が言うのは何ですが、娘はなかなかに利発ですよ。聡明なライモンド様ともお話が合うかと。なに、結婚などまだ先のことです。ひとまず婚約関係になられてもよろしいのでは?」
ライモンド知ってるー。それで了承したら、結局大人になってもまあまあそんなこと言わず、って言って結局結婚するやつだー。
させるかよ。
あと俺はマヤ派とカリーナ派で腹の探り合いしてほしいの。
俺に関わらないでほしいの。
だから、ここはレアンドラ嬢自身に考えを改めてもらう必要がある。
かといって、ここでレアンドラ嬢にひどい言葉を投げつけようものなら、マリアからの視線に耐え切れず俺は心が折れてしまう。
なので、レアンドラ嬢の手をそっと取り、できるだけ悲しそうな表情を浮かべる。
「すみません、レアンドラ嬢。俺は、あなたの婚約者にはなれません。」
「そう………、ですの。」
「ええ。あなたが悪いわけではないんです。俺と一緒にいると、あなたに迷惑がかかるから。」
「そんなっ。わ、わたくし、ライモンド様と一緒にいられるのなら迷惑なんてなんとも思いませんわ!」
慌てて俺の手を両手で握り締め、すがりよるレアンドラ嬢。
すかさず俺はその手を優しくほどき距離をとる。
「駄目です。駄目なんです。俺は、もう、誰も巻き込みたくないっ。」
ちょっと泣きそうな顔をすることがポイントですよ。
「ライモンド様………ッ!」
レアンドラ嬢も悲しそうな表情で俺を見る。
そんな子供の恋愛劇を目撃したマリアはちょっと切なそうな表情を浮かべながら顔を赤らめている。
キュリロス師匠も同じく切なそうな表情を浮かべながらも、意を決したような頼もしい表情をしている。
バルツァー将軍は、まあ、あれだよ。絶賛俺を面倒くさい状況に巻き込もうとしているのは自分なので微妙な表情だ。
だけど多分、自分が守れば問題ないのでは?位に考えてるよね?
そこまで気にしてなさそうだ。
だから、レアンドラ嬢自身に諦めてもらう必要があるんだよ!!
大人が諦めないなら!子供に!本人に諦めてもらうしかないじゃない!
「レアンドラ嬢。もし、もしも、大人になっても俺のことを好きでいてくれるなら、その時にまたおっしゃってください。でも、その時は俺から今日の返事をさせてください。」
「ライモンド様!」
「俺も男だもの。そういうのは、俺から言いたい。大人になるまでに、あなたを守れるくらい強くなるから。」
「はいッッ!!お待ちしております!わたくしも、ライモンド様をお守りできるよう、自分を磨いてまいりますわ!」
非常に逞しい女児だ。
初恋の相手に公衆の面前で告白し、しかも実質振られたにも関わらず俺のことを責めるどころか俺のために自分磨きをするとかできた子だと思う。
いや、本当に。俺にはもったいないよね。
「では、レアンドラ嬢。また、機会があれば。バルツァー将軍も、失礼いたしますね。」
「では、私はマリア殿とライモンド殿下を部屋まで送りましょう。バルツァー殿、失礼いたします。」
くいっと指で他の警備兵に指示を出したキュリロス師匠が俺の側に歩み寄る。
キュリロス師匠が俺の横についたことを確認してから、じゃあねとレアンドラ嬢とバルツァー将軍に軽く手を振って踵を返す。
レアンドラ嬢もバルツァー将軍も礼をとって俺を引き留めることをしなかったから、もう腹の探り合いをしなくて済む。
「あの、ライモンド様。よろしかったのですか?」
東の回廊に向かって歩いている途中、そうマリアが尋ねてきた。
「なにが?」
「レアンドラ様のことでございます。バルツァー公爵、ジェラルド様はカリーナ様派の貴族の筆頭です。フェデリコ様や他のご兄弟のこともございます。いっそ、カリーナ様派に保護を求めてもよろしいのではないですか?」
キュリロス師匠も同じような考えなのか、難しい顔をしながらマリアの言葉を待つ。
「うん。俺は今カリーナ派にとってもマヤ派にとっても良い餌でしょう?」
「ライモンド殿下、そのような言い方は。」
“餌”という身もふたもない言葉にキュリロス師匠が言い咎めたが、事実だもの。
それをわかっているのかキュリロス師匠は二の句が紡げないでいた。
「でも事実でしょう。カリーナ派もマヤ派も、俺という不確定要素を無くすために取り込みたくて仕方がない。今は俺が、俺だけがフェデリコ兄様を王太子の座から引きずり下ろせる存在だ。でも数年たてば?ジャン兄様がその筆頭になる。」
今はまだ体が弱いジャン兄様だが、まだ成長期だ。この先ジャン兄様は体が成長するにつれきっと体も丈夫になるだろう。
エルフの血を引くジャン兄様は、きっと兄弟の中で誰よりも魔力も強い。
俺が使えないなら、次の標的はジャン兄様だ。
前世の記憶がある俺と比べ、ただの子供であるジャン兄様はカリーナ派にしろ、マヤ派にしろ、大人にいいように転がされる心配がある。
ジョン兄様や俺に手出しはしないでおいてやるからこの娘と結婚しろ、とかね。そんなの俺は認めない。
それに対して俺は、まだ相手が俺を子供として侮ってくれているうちは勝算がある。
「ジャン兄様がジョン兄様みたいに自分で逃げる道を探すまで。それまででいいんだ。どうせ俺が学園に入ったら見た目を変えて雲隠れするつもりだし、本気の狸爺共と渡り合えはしないから、俺という抑止力はそれまでしか働かないよ。だから、そうなったら俺も遠慮しないつもり。自分のやりたいことをやる。」
今日みたいなやりかたは子供のうちしか使えない。
俺の後ろに大人の、“誰か”がついていると思われるような年齢のうちしか、ね。
ある程度分別のつく年齢になれば本格的な腹の探り合いになるだろうし、そうなったら古狸を相手どれる気がしない。
でも、せめてそれまでは、俺がジャン兄様を守るんだ。




