36話
よほど迷子の理由が恥ずかしかったのか、その話以来レアンドラ嬢は顔を伏せてしまった。
「ところで、どの庭園を見たんですか?」
「ど、どの、ですか………?」
さきほどまで恥ずかし気に顔を下げていたのに、俺が話しかけるときちんと俺の目を見て話を聞こうとする。
こういうところは親の教育が行き届いていると感じるよね。
「そう。ここには五つの庭園があるんだ。大広間の近くから見える庭園だったら、中央の庭園かな?」
「あ、その。わたくしのいた部屋から見えたお庭ということしかわかりませんわ。」
「じゃあやっぱり中央の庭園だね。きっと壁伝いに東の回廊の近くまで来たのかな?綺麗だった?」
「はい!とても美しかったですわ!!」
ぱっと顔を明るくさせてそう答えたレアンドラ嬢に、俺も笑顔になる。
「ほかにもそれぞれの国を模した庭園があるから、今度バルツァー将軍にお願いして見せてもらったらいいよ。」
俺も小さいときから南の庭園をはじめ王宮内の庭に入り浸っているので、そんな庭を好きになってくれる人が多ければ多いほど嬉しい。
五大国を代表する国の王である父上は各国との交流を円滑にする役割を担っている。
だから庭園を見学したいとバルツァー家の娘であるレアンドラ嬢が申し出ればきっと許可が出るだろう。むしろ他の貴族にも推奨しそうだ。
「あの、ライモンド様。」
「なに?」
レアンドラ嬢の手が俺の腕を軽く引いたので、視線をそちらに落とす。
わずかに朱に染まったレアンドラ嬢の頬。長いまつ毛に縁どられた青い瞳に自分がうつった。
「ライモンド様にごあんないしていただきたいと言えば、わがままになります、か?」
思ってもみなかったその質問に、目を見開く。
確かに、俺から話題を振ったのだから、本来ならば俺が案内するのが筋と言うものだが、俺はその選択肢を端から除外していた。
しかし、だからと言ってレアンドラ嬢に庭園を案内することは遠慮願いたい。
別にレアンドラ嬢のことが嫌いとか苦手とかそういうわけじゃないのだが、単純に今どちらかの派閥に所属したと思われると都合が悪いだけ。
俺は、マヤ派にとってもカリーナ派にとっても餌でありたい。
俺がどれだけその貴族たちの興味をひけるのかは正直わからない。
自分でも、自分のどこに魅力があるのかなんてわからないのだから、俺以外の貴族が俺に何を求めているのかなんてわかるはずもない。
でも、何が他の貴族たちのお眼鏡にかなったのか、俺には価値がある。
ならば、兄弟のために俺はできうる限り価値のある存在であり続けたいのだ。
「ごめんね、レアンドラ嬢。」
申し訳ないと表情に出しながら、それでもはっきりとお断りを申し上げる。
「そう、でございますか……。」
しょんぼりと顔を俯かせたレアンドラ嬢に若干の罪悪感が募るが、正直優先順位は兄弟の方が上なのでしょうがないよね。
それ以降、レアンドラ嬢は気まずさを感じたのか、顔を俯かせたまま口を噤んでしまった。
まあ自分のせいでこんな空気になったのだから、俺がこの気まずい空気に対して文句を言う権利はない。
だからと言って、フォローしようにもどの口が言うのだと言われそうな言葉しか浮かばないので黙っておこう。
後ろからマリアの視線がビシビシ突き刺さっている気がするのだが、きっと気のせいだ。そうに違いない。というか、そうだと信じたい。
なんとも気まずい空気のまま、レアンドラ嬢と大広間の近くまでやってくると、どうやらレアンドラ嬢を探して小さな騒ぎになっていたようだ。
「お父様!」
その中でもひと際難しそうな表情を浮かべている男に、レアンドラ嬢が駆け寄った。
「レア!!どこにいたんだ!心配したぞっ。」
肩ほどまであるレアンドラ嬢と同じ珊瑚色の髪をオールバックにしている男性が駆け寄っていったレアンドラ嬢を抱き上げ抱きしめた。
武人然としたゴリマッチョ。フォーマルな格好を着ているはずなのに、そのごつい体格のせいで服に着られてる感すらあるバルツァー公爵家当主、ジェラルド・バルツァー。しかし、それが逆にいい。
顎髭がそのダンディズム、男臭さを際立たせている。
キュリロス師匠を紳士と形容するのであれば、このバルツァー将軍はThe・漢っていう感じ。
筋骨隆々なバルツァー将軍がレアンドラ嬢を軽々と持ち上げ、レアンドラ嬢もそれに甘えるようにバルツァー将軍の首に抱き着いた。
バルツァー将軍の側には警護についていたキュリロス師匠がいたので、軽く手を挙げると笑顔で会釈を返してくれた。
兎にも角にも、レアンドラ嬢を送り届けた俺の仕事はこれで終わり。
早々に撤退しようと踵を返したところで後ろから声がかかった。
「ライモンド様!」
「………バルツァー将軍。どうなさいましたか?」
流石に公爵家のバルツァー将軍の言葉を無視するわけにはいかず、足を止め振り向く。
抱き上げていたレアンドラ嬢を地面におろしたバルツァー将軍が俺の側まで歩み寄る。
筋骨隆々なバルツァー将軍はその体躯にみあった長身だ。
まだ身長の低い俺の横に立たれると、威圧感がすごい。
まあ貴族として簡単に膝をつくわけにはいかないっていうのは理解できるので何も言わないけどさ。
「レア、私の娘をライモンド様がこちらまで送り届けてくださったと聞きました。」
「はい。お困りのようでしたので。びっくりしましたよ。東の回廊に警備の者を除いて王族以外が入ることなんて俺の記憶にある限りあまりないことなので。」
笑みを浮かべるバルツァー将軍に自分も笑顔で返す。
「だから、はじめレアンドラ嬢が俺の部屋をノックした時驚いたんですよ。このパーティーに託けて、俺とつながりを持ちたい誰か、かと。そう思ってしまいました。」
さぁて、察しのいいクソガキはお好きかな?バルツァー将軍。




