35話
マリアは礼儀作法を学ぶために王宮で俺に仕えているが、もとは公爵家の令嬢だ。
本来は数年仕えたら早々に実家に戻るなり、ここで結婚相手を見つけるなりして去っていくものなのだが、マリアは俺の周りの状況が状況だったため残ってくれていたのだ。
本来ならマリアだってもう結婚していていい年齢だ。
まあ、今回はそのことは置いておいて。つまり、マリアは公爵家の令嬢なのでこの子がどの爵位だったとしても文句はないだろう。
とりあえず女の子をいつまでも廊下で座らせておくわけにはいかないので、自室に招き入れ、ソファに座らせる。
ほら、これでもチェントロ王国の王子だから部屋はものすごく広いんだよ。
リビングと寝室。トイレと風呂と簡易キッチン。
といっても、そのすべてが広い。
舐めてるの?なんでトイレが前世の俺の部屋くらいあるの??
その空間は何に使うの???
さらには側付きの控えの間とかもあるんだよ。
しかも一つじゃない。なにそれ俺の側付き一人なんだけど喧嘩うってるの??
閑話休題
「じゃあ、準備してくるから少し待っててね?」
「は、はい!ライモンド様!!」
「行ってらっしゃいませ、ライモンド様。何かお手伝いが必要であればお呼びください。」
マリアと女の子を残し、自室の奥、寝室の方に下がる。
自分で衣装部屋の扉を開け、夜会で着ていて問題ない服を選び、部屋着からそちらに着替えた。
本音を言えば、前髪はそのままおろしたままでいたいのだが、さすがに公の場でそれは駄目だろう。
花のような香りのする天然のヘアオイルを手になじませ、オールバックにすればまあそこそこ見れるようにはなっただろう。
一応自分の自室とはいえその先にいるのは女性が二人なので、ノックをしてから入る。
「マリア。その子おちついた?」
「はい、ライモンド様。さ、レアンドラ様。ライモンド様に自己紹介いたしましょう?」
「は、はい!」
俺は別に王族だからと言ってへりくだれと言うつもりは全くないのだが、他の貴族からしたらそういうわけにはいかない。
なので、緊張した面持ちで一歩俺の前に歩み出た女の子の言葉を待つ。
「ジェラルド・バルツァーがむすめ、バルツァーこうしゃく家のレアンドラ・バルツァーですわ。ほ、本日はライモンドでんかにお会いできてこうえいでございます。」
その場で軽く膝を折り女の子、改めレアンドラ嬢が挨拶をした。
わずかに声が震えはしたが、六歳と言う彼女の年齢を考えれば及第点以上だろう。
「よろしく、レアンドラ嬢。それじゃあバルツァー将軍は多分大広間にいるだろうから、そこまでエスコートしますね。」
にこりと彼女に微笑みを向けて、その手を取った。
先日兄様たちの話を聞く限り、レアンドラ嬢は俺と同じ六歳のはずだ。
ならば社交界デビュー前の年なので、本来今日のパーティーに出席できる年ではない。
「レアンドラ嬢。今日は誰と王宮に来たの?」
「お父様とですわ。」
「バルツァー将軍と?でもレアンドラ嬢はまだ社交の場に出れませんよね?」
体の横で軽く腕をまげれば、慣れたようにレアンドラ嬢が俺の腕に手を添える。
そのまま大広間までの道をエスコートしながら疑問に思ったことを彼女に尋ねた。
「はい。わたくしはパーティーにさんかいたしませんわ。ただ、お昼にお父様のおしごとをはいけんするためにここに来ましたの。本当はパーティーまでに帰ろうと思っていたのですけど、国王様がパーティーに参加せずともお菓子だけでも食べていけばよいとおっしゃってくださって。」
なるほど、確か父上はバルツァー将軍の御父上、先代のバルツァー公爵に剣術指南を受けていたはずだ。
ならば父上にとって今のバルツァー将軍は弟のような存在なのだろう。
普段将軍として騎士団を率いているバルツァー将軍とは、同じ王宮にいるとはいえあまり話す機会もない。
だからレアンドラ嬢を連れて帰ろうとするバルツァー将軍を見て引き留めたのだろう。
「じゃあ今までは大広間の側の部屋にいたのかな?」
「すみません、わかりませんわ…………。わたくしお父様がパーティーに行かれるまでにお部屋に通されましたの。」
「そう。じゃあいくつか思い当たる部屋があるから、そこまで案内するよ。」
流石に六歳の女児を親からそんなに離れた部屋で待たせるとは思えない。そして大広間の側の部屋で公爵家令嬢を接待できる部屋となるとだいたい場所は絞り込める。
「そういえば、どうして一人でここに?ここ東の回廊と大広間とだったらかなり距離があったでしょう?」
ひとくちに王宮と言えど、その広さはかなりのものだ。
円形状に政と王族の住居とが一緒にあるのだ。しかも、一室一室が無駄に広い。
王宮の入り口付近にある大広間周辺と俺の部屋がある東の回廊は、子供がひとりで来るには少し遠い。
何か目的でもなければわざわざ訪れようとは思わない距離だ。
もしかしたら誰かが故意に彼女をここに連れてきたのかもしれないと思いそう尋ねると、レアンドラ嬢はわずかに頬を染めて視線をそらせた。
「そ、その。笑わないでくださいますか?」
恥ずかしそうなレアンドラ嬢の様子に、こくりと頷く。
「その、窓から見えるお庭が綺麗で。側で見たくて抜け出したんですの。そしたら、迷子に………っ。」
うん…………
何というか、
「可愛らしいですね。」
「ふぇ!!?!?」
子供らしくて。




