34話
自室の出窓に腰を掛け、ぼんやりと夜空を眺める。
少し耳を澄ませると、澄んだ夜の空気を震わせる音楽が遠くから聞こえてくる。
今日はジャン兄様の社交界デビューの日ですよ。
ええ、そうです。再来月とかまだまだ先だとか思っていたのに、結局パーティーの準備やらドレスローブの準備やらをしていたら、あっという間ですよ。
尤も俺自身はほとんど何もしていないんだが、俺の周りが忙しく、ここ二か月ほとんど部屋から出ていない。
引きこもりリターンズ。
まだ社交界デビューをしていないのは、兄弟の中では俺だけなのでぼんやりと空を眺めるくらいしかやることがない。
「あの、ライモンド様。何か温かいお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」
マリアがそう声をかけてきた。
「んー。じゃあ、お願いしようかな?」
「はい。少々お待ちください。」
ひとつお辞儀をしたマリアが部屋から退出し、部屋には自分一人になる。
数年前ならここに母上もいたかもしれなかったが、父上と仲がよくなったことで母上は以前にもまして社交の場にでるようになった。
なので、以前にもまして俺はこういうとき一人ですよ。
キュリロス師匠は本日会場警備につくので実質俺の話し相手はマリアしかいない。
そのマリアが飲み物を取りに行く間、俺は一人だ。
窓ガラスにこつりと額を突き合わせた。
なんとなく肌寒さを感じ、部屋にあるストールを自分の頭の上から被る。
こう…………、包まれてる感じってさ、安心しない?
その時、こんこんと扉をノックする音がした。
しばらく待つも、ノックの主が扉をあける気配はない。
これがマリアならば、ノックの後しばらくすれば入ってくるのに、そうしないと言うことはノックの主はマリアじゃない。
この部屋が俺の部屋だとわかっている家族や家臣の一人ならば、少なくとも俺に入室の許可を求めるはずだ。
ならば、今ノックしたのはあまり王宮内部に詳しくない部外者だ。
今日の社交の場に出席している貴族の中の一人だろうか。
しかし、ノックをするだけで部屋に入る様子がないので物取りと言うわけではないだろう。
出窓から離れ扉に歩み寄ると、ノックの主はすでに俺の部屋の扉から離れたようで、少し遠くからおそらく別の部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
音をたてないように静かに扉を開き、その音の主を確認する。
「おとうさま………っ。おかあさま………っ、どこぉ?」
泣きそうな声でそうつぶやきながら、不安そうに扉をノックするのは自分と同じくらいの小さな女の子だ。
珊瑚色の髪の毛の縦巻きロール。両サイドには可愛らしいリボンを一つずつつけている。
まかり間違っても俺のように前世の記憶があるようにはみえない、普通の女の子だ。
「迷子?」
「ひゃう!!?」
流石にこの子をひとりにしておくわけにはいかず声をかければ、女の子はびくりと体を跳ねさせ驚いた。
「あ、あの……っ。なんでわたくしが、まいごだって……っ?」
よほど心細かったのか、女の子はその場にくたりと座り込んでしまった。
そんな状態の女の子を放っておくわけにもいかないので、自分の部屋から出て女の子に歩み寄る。
「だいじょーぶ?誰か呼ぶ?って言っても、今日はほとんどパーティーで出払ってるから下女か俺の側付きしかいないけど。身分を気にするなら俺の側付きを待ってもらうことになるけど。どう?」
座り込んだ女の子と視線を合わせるようにしゃがみ込むと、女の子の綺麗な空色の瞳に自分の顔がうつった。
「あ!あ、あああ!!」
「え、どうしたの。」
急に顔を赤くして意味をなさない言葉を漏らし始めた女の子が心配になり、その目の前でひらりと手を振った。
しかし女の子はそんな俺の様子など目に入っていないのか、一度は赤くさせた顔を青くさせたり再び赤くしたりで忙しそうだ。
「あ、あの!!!」
「ん?どうしたの?」
「ら、ライモンド様でしょうか!?」
意を決したようにそう聞いてきた少女に、いまさら何を、と思いつつ答える。
「そうだよ?はじめまして、だよね?俺はライモンド、よろしくね?」
「あ、ああ!!あの!!!わ、わた!わたくし………ッッ!!!!」
「あら?ライモンド様、どうかなさいましたか?」
「ひゃぁ!?」
頬を染めたまま何かしゃべろうとしていた女の子の後ろから、飲み物を作ってきたのかマリアが声をかけた。
それにより再び女の子がびくりと肩を跳ねさせた。
「マリア。多分彼女迷子の子。俺が大広間まで連れて行くから、その飲み物彼女にあげて。」
「え!?あ、お、お召し替えのお手伝いいたします!」
急いで動こうとするマリアを片手で制する。
「俺はいいから、その子についててあげて?さっきまで一人で不安だっただろうから。」
「はい。かしこまりました。レアンドラ様でございますよね?こちらにどうぞ。」
「は、はい。よろしくおねがいいたしますわ、マリア様。」




