33話
あの後ジャン兄様とやった下りをもう一度ジョン兄様とした。
ああ、したとも。俺の兄様世界一をもう一度したさ。とんだ茶番だと笑ってくれ!!
「ふむ。とりあえず、ライは十四歳になるまでが問題だな。その年になれば、お前は学園に行ける。学園はある種独立した機関だからな。王宮にそのままとどまるよりも安全だろう。」
「問題はこの髪の毛と目ですよね。」
ボブほどに伸びた黒い髪を指先で遊ぶ。
オスト帝国の黒とチェントロ王国の緑。
一目見ただけで俺は王族とわかる色合いをしているのだ。
「あんまり目立ちたくないんですよね。目の色は前髪と、眼鏡でもかければごまかせるとして、問題は髪の色ですよねぇ。」
「ふむ………。染粉ではその黒い色は染まらないだろうなぁ。」
「染粉はあるんですか?」
「ん?ああ。あるにはあるが、それこそジャンほど薄い髪色で無いと色が出ないのが問題だな。」
髪の色が薄くないと色が出ない?それなら髪の色を薄くすれば問題ないか?
色を薄くするなら関係するのはメラニン色素、だったっけ?
それを薄めて染粉を使えば…………、
「いや、髪色グレーにするだけで没個性的になるな?」
実際に訪れたことはないが、オスト帝国の国民はグレーや茶色といった色の髪が一般的らしい。それならば、髪の色をグレーにするだけでパッと見の見た目はオスト出身でごまかせるのでは?
急に考え始めた俺を、ジョン兄様が不思議そうに見てくる。
「どうした、ライ。」
「いえ、ちょっと試してみたいことが。」
そう言って自分の頭髪に手を当てがい、自分の髪のメラニン色素に対象を限定し、それに弱化魔法をかける。
対象の限定の仕方?ノリだよ!!気合いだよ!!
原理はよくわからんが、想像力が大切らしい。だから、その想像力の有無によって魔力操作は大きく左右されるらしい。
もっと言うと、その想像をより鮮明にするために科学の知識が役に立つわけだ。
だって、目に見えないものが存在しているなんて、その存在を知らなかったら想像すらできないでしょう?
どういう形であれ、想像さえできれば魔法の対象にすることができる。
まあ魔法の使い方云々はさておき、しばらく魔力を当てると黒かった俺の髪の色が次第に薄くなり、いわゆる白銀色へと色を変えた。
「お!これでどうですか、ジョン兄様!」
変わった自分の髪色にちょっとテンションが上がり、そのままジョン兄様に話しかければ、ジョン兄様はぽかんとその口を薄く開け驚いた表情をしていた。
「ジョン兄様?どうしたんですか?」
呆然としているジョン兄様に近づき、その目の前で手をひらひら振る。
しかしその視線はどうやら俺の髪に固定されたままだ。
「ら、ライ!!!!その、髪!!!」
「おおうッッ!!?」
急に我に返ったジョン兄様にがしりと肩を掴まれた。
「き、綺麗な髪色だったのに………ッッ!そ、れ………もとに戻るのか!?」
「え、ええ………。多分。単純な弱化の魔法しかかけていないので、強化の呪文をかければ戻ると思いますけど………。」
名残惜しそうにジョン兄様が俺のシルバーグレーに色を変えた髪を撫でた。
「そうか………。それなら、いいんだが……………。」
俺の言葉にひとまず納得したのか、ジョン兄様は俺の肩から手を離し、再び椅子に深く腰掛けた。
「だが、その見た目だとマヤ様がショックを受けそうだな。」
「さすがに、王宮にいる間は色は変えませんよ。」
そう言って再び俺は自分の髪に手を当てて今度はメラニン色素に強化の呪文をかけた。
それによりじわじわと色を変えた髪が再び黒に染まった。
「…………ああ。やっぱり僕はそっちの色の方が好きだ。」
元の色に戻った俺の髪に、ジョン兄様は安心したようにふっとほほ笑んだ。
「というか、俺のことよりも今はジョン兄様のことでしょう?」
そう。ジャン兄様もそうだが、ジョン兄様もだ。
「婚約者。あてがわれるならまずはジョン兄様でしょ?俺はその内学園に逃げますけど、ジョン兄様は学園に入らないなら逃げ場がないですよ?」
ジョン兄様は今十五歳だ。もうすぐ十六歳になる。
今はまだ結婚を考えられないと断ることもできるだろうが、もう二、三年もすれば、本格的に他の貴族の者たちから結婚を迫られるようになるだろう。
現在婚約者のいるオルランド兄様が今十七歳だ。
フェデリコ兄様やベルトランド兄様、アンドレア兄様はともかく、前例があるのだからとジョン兄様やジャン兄様は早年で結婚を推し進められてもおかしくない。
「ん?ああ、そのことか。それなら僕は大丈夫だ。実はな………。」
内緒話をするように、少し上体をかがめて俺に近づけたジョン兄様がこそっと耳打ちをする。
「実は、ノトス連合王国でしばらくシェンの勉強をしようかと思っている。」
「え、ええ!?」
まさかの言葉に思わず声を上げた。
ジョン兄様はジャン兄様がいる限り絶対に王宮から離れないと思っていた。
「じゃ、ジャン兄様も一緒に行くんですか?」
「いや?あいつはあいつでやりたいことがあるそうだ。」
「…………ジョン兄様、あっちでジャン兄様ロスになりません?」
「ふっ。なんだそれは。何も今後ジャンたちに二度と会えないわけじゃないんだ。どうせシェンの演奏会で来ようと思えばいくらでもチェントロには戻ってこれる。僕の故郷がなくなるわけじゃない。オルランド兄上もそうだろ?いつでも帰ってこれる。」
目を伏せたジョン兄様が口の端を少し上げてほほ笑んだ。
「え、俺の兄様がかっこいい。」
「ははっ。光栄だな。…………ライが、学園から留学に行くことがあるのなら、その時は僕に会いに来てくれたら嬉しい、かな?」
「えぇぇ………っ。なにそれ絶対会いに行く。」
「ああ、待っている。ぜひエルフの里で僕のシェンを聞いてくれ。」




