3話
俺が元々いた部屋の中も、装飾品や家具はまるで中世ヨーロッパのようだと思っていたのだが、廊下に出ると一層中世ヨーロッパ感が増す。
調度品はもちろんのこと、鎧を着た騎士が歩いていたりと様々なものに興味が惹かれる。
しかしまず目に入ったのは、部屋の前に立っている鎧を着た二人の兵士なのだが、なんとそのうちの一人の臀部から猫のしっぽのようなものが生えているのだ。
「おや?マリア殿、今日はライモンド殿下もご一緒ですか?」
「あら、キュリロス様。お疲れ様です。はい。そろそろライモンド様にも外を見せて差し上げようかと思いまして。」
「そうですか。それはいい。良ければこのキュリロス・ニアルコスがお供いたしましょうぞ。」
「まあ!キュリロス様がいてくだされば安心ですわ。お願いいたします。」
どうやらこの猫のしっぽの生えている男性はキュリロスさんと言うらしい。
そして兜、いや、西洋式のいわゆるプレートアーマーなので正式には違うかもしれないが、まあ兜でいいだろう。その兜で顔が見えないのだが、自分が想像していたよりもずっと低い声だった。
バリトンのイケメンボイスだった。
「では少々お待ちくだされ。すぐに代わりの者を呼びましょう。」
そう言うと、キュリロスさんはおそらく耳の辺りに手を当てた。
「………………あぁ。キュリロス・ニアルコスです。マリア殿がライモンド殿下をお連れして城内を歩かれるためその護衛をする。マヤ様の部屋の警護に一人兵を送ってもらいたいのだが。……………感謝する。さて、これで大丈夫。一分もしないうちに代わりの者が来ましょう。さて、マリア殿。どちらまで行かれるおつもりで?」
どうやら今ので連絡が取れたらしい。
どういうことだ。不思議魔法か!?ロマンだな!
「あうだー!あぶ?」
くいくいっとマリアの髪を引っ張り、こちらに視線が向いたことを確認してから首をかしげて見せる。
「ライモンド様?どうなさいました?」
「あーぶ!」
今の通話の仕組みが知りたいのだ、とキュリロスさんを指さし、そのあとに耳をぎゅっと押さえて首をかしげる。
おおよそ赤子が取るには不自然な行動だろうが、マリアはそれを赤子特有の意味の無い動きだと判断したのだろうか、深くは聞かず、それでもまるで俺と会話をするかのようにきちんと教えてくれる。
「あぁ、魔伝が不思議だったのですか?」
「だう!」
どうやら先ほどの通話の謎は魔伝というらしい。
「おや、ライモンド殿下は魔伝をご覧になったことがないのですかな?」
「あう!」
キュリロスさんの言葉に元気よく返事をすると、彼はその頭を覆っていた兜を脱いでみせた。
顔は猫だ。まるっきり猫だ。にゃんこ可愛い。
ロシアンブルーのようにきれいなグレーの毛並みに、碧い瞳。
その耳は兜で圧迫されていたのかすこしへにょりと曲がっていたが、キュリロスさんがちょいちょいっと手で整えれば、ピンっと天井に向かって立ち上がった。
その耳からは銀のチェーンでぶら下がった綺麗な緑の石のついたピアスがついていた。
「これが魔伝ですよ、殿下。このように魔石に特殊な術式を埋め込み、それに魔力を流すことにより特定の相手との会話を可能にするものです。」
少し腰をかがめ、俺に頭を近づけてその魔伝とやらを見せてくれる。
「こういった術式を埋め込んで魔力による会話を可能にした魔石を魔法伝達機、通称魔伝と呼んでおります。」
近くで見ると確かにその緑の石の中にはきらきらと輝く線がいくつも入っていた。
なんてすばらしい技術なんだ。
魔法なんて、ロマンがあってテンションが上がる。
間違っても引っ張ってキュリロスさんの耳を傷つけないように優しくその石に触れると、その衝撃でゆらゆらと揺れる。
それに気づいたキュリロスさんがくすっと笑って俺から離れて行った。
「これは…………。ライモンド殿下は随分頭がよろしいようですな。幼子ならば引っ張るぐらいはするかとも思いましたが。」
「はい!ライモンド様はとても聡明な方ですわ。まるでこちらの話すことが分かっているみたいな反応をするんです。」
「それは、それは………。これからが楽しみですな。」
そうこう話しているうちにキュリロスさんの交代要員がきたようで、ついに俺の人生初の城内ツアーが始まった!
「そうだわ。ライモンド様、キュリロス様もノトス連合王国の出身なんですよ。」
なんと。
「おや?ライモンド殿下はノトス連合王国に興味がおありで?」
「だう!」
そうです。獣人はもちろん見たこともないドラゴノイド?リザードマン?まあ有鱗族も気になります!
「はい。マヤ様の故郷であるオスト帝国に生息しているドラゴンのお話をしたところとても喜んでいらっしゃったので、有鱗族のお話をしたのですが、そちらにもご興味を示されたようで。」
そうなんです。
特に亜人ってファンタジーの定番ですよね。
「左様で。では改めて私の自己紹介をいたしましょうか。」
そう言ってキュリロスさんは軽やかなステップで俺を抱えたマリアさんの目の前に回り込み、スッとその場に跪いた。
「ライモンド殿下。私はノトス連合王国、獣人族、灰猫の里出身のキュリロス・ニアルコスと申します。幼い時から剣術をたしなんでおりまして、ここでは誠に光栄ながら王族の剣術指南役として騎士団に所属しております。ライモンド殿下が大きくなられた際にも私が指南しますゆえ、どうぞよろしくお願い致します。」
そう言ってキュリロスさんは腰を浮かし、マリアさんに抱えられたままの俺の手を取り、ちゅっとキスをした。
これがキュリロスさんでなければイラッとしてしまうような行動だが、このイケ猫に関してはむしろ男の俺でも惚れる。
なぜこんなにも様になるのだ。
俺よりも低い位置からこちらを見上げるきれいな碧い瞳に心が貫かれそうだ。
師匠と呼ぼう。心の師匠だ。目指せ、キュリロスさんのような素敵紳士!
「あうう!」
「…………それは、了承の返事ですかな?」
「だーう!」
そうです!
俺の返事が面白かったのか、くすくすと笑いながらキュリロスさんは立ち上がり、再び城内探検ツアーが始まった。




