24話
「…………なに?」
「ライモンドに触るな。」
「はぁ?何それ。お前ライモンドの何気取り?」
「お前は必要以上に甘やかすだろう。兄上に関してもだが、あまり甘やかすな。」
「はぁぁぁ???何それ。なんでお前にそんなこと指摘されなくちゃならないわけ?ていうか、それ言ったらお前は厳しくしすぎるだろ。俺はフェデリコ兄さんの為にあくまで補佐してるだけだから。」
互いに声を荒らげることはないが、それでもにらみながら言い合いを続ける。
俺そっちのけで言い合う二人に、どうしたものかと視線をさ迷わせると、部屋の奥からこちらをうかがうフェデリコ兄様が目に入った。
そういえばフェデリコ兄様の髪も赤いが、フェデリコ兄様は燃えるような赤だ。
フェデリコ兄様もどうしたらいいのかわからずおろおろしているようだ。
「………フェデリコ兄様、おはようございます。」
「あ、ああ。おはよう、ライ。」
おろおろするフェデリコ兄様にそっと近寄り挨拶をすると、フェデリコ兄様はちょっとほっとしたような表情を浮かべて挨拶を返してくれた。
相変わらず眉間以外の表情筋は仕事を放棄しているようだ。
「アンドレア兄様とベルトランド兄様って仲悪いんですか?」
「……………互いに、嫌っているというわけでは、ないんだが。よく、私のことで、言い合いになるんだ。」
「え、フェデリコ兄様のことについて、ですか……………?」
そう聞き返すと、フェデリコ兄様は何とも言えない複雑そうな表情を浮かべ、未だ言い合いを続けるベルトランド兄様とアンドレア兄様を指さした。
その指を追いかけ再び二人に視線を向ける。
「だーかーらー!俺はフェデリコ兄さんの苦手分野を補佐してるだけだってば!」
「ほぉー?そう言って外交だけではなく、兄上の個人的な付き合いにまでちょっかいをかけているらしいな?」
「はぁー?お茶会の準備してるだけだけど?あとは兄さんが会話に詰まったときに話題の転換とか、兄さんが話しやすいように会話回したりするけど、主体は兄さんだし。第一お前は厳しすぎんの。兄さんが会話苦手なの知っててお前いろんな研究者けしかけてるだろ?パーティーの度にお前にけしかけられた初対面の学者と話す羽目になって兄さんがどれだけ困惑してると思ってんの?」
「会話下手を自覚しているなら、それを克服するために会話を重ねればいい。」
「それが厳しいって言ってんの!ちょっとは兄さんのペースってもんを考えろよ!」
「………………夫婦かな?」
「…………私の母は、おおらかな人だ。父もあの通り、私の性格を尊重してくれる。だが王太子として、この会話下手は…………問題だろう?それで二人が協力してくれたんだが、あの通り、な。」
まるで子供の教育方針で対立する夫婦だ。
心配だからついつい手を出し口を出してしまうアンドレア兄様が母親で、苦手なら気合で克服しろと崖から突き落とすベルトランド兄様が父親、みたいな。
自分のせいで親がけんかしているので何とかしたいものの、どうしていいのかわからずおろおろするフェデリコ兄様が子供。
確かベルトランド兄様とアンドレア兄様は同じ王妃、アナスタシア様の子供のはずなのだが、性格的には水と油のようだ。
誰が悪いわけでもない。
強いて言うなら過干渉気味なアンドレア兄様も、荒療治が過ぎるベルトランド兄様にも問題がある。
とりあえず、
「ベルトランド兄様もアンドレア兄様もいい加減にしてください!」
俺が声を上げると、ベルトランド兄様もアンドレア兄様も少し驚いたように目を見開いて言い合いを辞めた。
「まず、ベルトランド兄様!」
「…………はい。」
「ベルトランド兄様、今回のお茶会にアンドレア兄様がいることわかっていましたよね?アンドレア兄様と言い合うために俺についてくるって言ったんですか?」
「いや、それは。」
「それと!人には人のペースがあるんです。それに、王太子として学問に秀でているに越したことはないですけど、急に専門家と話せって言われてもフェデリコ兄様が困るでしょう。」
「そうそう!もっと言ってやってよ、ライモンド!」
俺がベルトランド兄様にそう注意をしたことにより、味方を得たとアンドレア兄様が嬉しそうに声を上げたので、今度はそちらに向き直る。
「アンドレア兄様もですよ。フェデリコ兄様が心配なのもわかりますが、もう少しフェデリコ兄様の自主性に任せなさい。お茶会なんて、結婚すれば王太子妃になる女性のセンスにゆだねられますけど、それまでは王太子であるフェデリコ兄様自身で用意するべきです。それも含めて社交でしょう。いつまでもアンドレア兄様が手を出せるわけじゃないんですよ?」
「あ、はい………。」
矛先が自分に向いたことで途端に口を噤んだアンドレア兄様。
アンドレア兄様もベルトランド兄様もどことなくしょぼんとして見えた。
最後にフェデリコ兄様の方を見ると、ちょっとわくわくした表情で俺の前へと歩み出た。
「…………なんでフェデリコ兄様はちょっと嬉しそうなんですか。」
「いや。予想はできるが。その、純粋に怒られる経験が、ないから。何を言われるのか、少し楽しみで。」
心なしか周囲に花が飛んでいるようにも見える。
「いや、自分の悪いところがわかっているなら、特に何も言いませんよ。」
「そう、か…………。」
どこか寂しそうにそうつぶやいたフェデリコ兄様に、こちらが悪いことをしたような気さえしてくる。
え、俺悪くないよね。
「と。とりあえず、お茶会始めますよ。せっかくマリアが用意したケーキを食べられないとは言いませんよね?フェデリコ兄様も!落ち込む暇があったらちゃんと俺たちのこともてなしてくださいよ?」




