20話
「フェデリコ兄様。ライモンドです。入ってもよろしいでしょうか?」
「……………入れ。」
たっぷり三秒くらい間をあけてからフェデリコ兄様の声が返ってきたのでゆっくりと執務室の扉を開ける。
中には執務机に座って書類を読んでいるフェデリコ兄様と、兄様の従者がいる。
「…………父上はどうした。」
「父上は母上とお話し中です。俺がいては話せないことがあると思って帰ってきました。その、俺が部屋にいてもいいですか?」
「……………ああ。」
そう言ったっきり、フェデリコ兄様は視線を書類へと戻した。
「ライモンド様、こちらへ。」
フェデリコ兄様の従者がそう言って俺をテーブルまで連れて行ってくれた。
「あの、ライモンドです。フェデリコ兄様の従者ですよね?」
「ええ。ベルナルド・ベルニーニと申します。以後お見知りおきを、ライモンド様。」
ビビッドピンクの髪に金の瞳というなんとも派手な色彩のベルナルドさんは、その派手な見た目に反して物腰が柔らかだ。
「ベルニーニ公爵家の方ですか?」
「おや。よくご存じで。」
ベルニーニ公爵家とはチェントロ王国の中でも力のある公爵家の一つである。
「さすがにカリーナ様の生家のことは知っています。」
父上の第一王妃であり、フェデリコ兄様と今はオッキデンス王国に留学しているオルランド兄様の母親であるカリーナ様のご実家だ。
つまり、ベルナルドさんはフェデリコ兄様とは従兄弟にあたる人になる。
「フェデリコがライモンド様と同じ年齢の時には王国内の公爵家なんて気にもしていなかったけどね。」
「ルド………。余計なことを言うな。」
「ははっ。怒られてしまった。ライモンド様、どうぞ。」
話をしながらでも俺のために紅茶を入れてくれたベルナルドさんが、俺の前に紅茶とクッキーを出してくれた。
「ありがとうございます。ベルナルドさん。」
「どういたしまして。でもライモンド様は丁寧だね。普通私なんかには敬語を使わないものだけど………。」
「えっと。ベルナルドさんの方が年上ですし。それに俺将来的に市井に下ることも視野に入れてるので。」
「「なに!?」」
俺が言外に家を出ると言葉にした途端、ベルナルド様だけではなく、フェデリコ兄様からも驚きの声が上がった。
「え、え?なんですか。」
「………市井に下ることを、考えているとはどういうことだ。」
ぎろりとフェデリコ兄様の金色の瞳に貫かれ、ぎくりと体が強張る。
「えっと、どうもこうも、母上の周りがうるさいでしょう?俺別に国王になりたいわけじゃないですし、手っ取り早く継承権を無くしてもらったら楽かな、って………。え、なんですかその顔。」
俺を見るフェデリコ兄様の顔もベルナルドさんの顔も、心底信じられないと言わんばかりの表情だ。
「………………家をでるのか?」
「そうですね。俺が理由でお家騒動とか笑えませんし、ならいっそのこと家を出たほうが早いでしょう?俺にも兄様たちのようになにか一芸秀でたものがあればよかったんですけど。ないならないで、冒険者にでもなろうかと。」
「王族出身の冒険者………。」
「……………ほかに道はないのか。」
ベルナルドさんは愕然と呟き、フェデリコ兄様は手に持っていた書類を置いて俺の座るテーブルに移動してきてまでそう聞いてきた。
「え………。今回のことで母上がどの程度派閥、って言ったら大袈裟ですかね?まあ、要は自分の取り巻き連中を抑えられるかによるんじゃないですかね。」
「六歳なのに派閥なんて言葉…………。フェデリコこんな言葉使ってたかい?」
「…………お前もだろ、ルド。いや、それよりも。お前を王太子に推す貴族がいなくなれば家を出ることはないのだな?」
真剣な表情でフェデリコ兄様がそう尋ねるが、
「え、フェデリコ兄様って俺のこと、あまり好きじゃないでしょう?」
俺と話すときも散々顔をしかめていたし、今だって眉間にはコインが挟めそうなほど深いしわが刻まれている。
だから先ほどからなぜフェデリコ兄様が俺を引き留めるような発言をするのかがわからずに困惑していたのでこの機会にそう聞いてみると、フェデリコ兄様はより一層険しい顔をさせ、ベルナルドさんは口元に手を当てバッ!っとフェデリコ兄様から顔を背けた。
「…………………これでも、お前のことは大切な弟だと、思っているんだが。」
「ぐっ!!ふ、ふはッッ!!らい、ライモンド様っ。最高っ!お前の顔が怖すぎるんだよ、フェデリコっ。」
「…………元々だ。」
酷く落ち込んだ様子のフェデリコ兄様を指さしてベルナルド様が爆笑している。
「え、ええ………。フェデリコ兄様の表情筋仕事放棄しすぎでは?むしろ一か所の表情筋だけやたらと仕事をしているって言うべきなんでしょうか。」
「………この顔のせいで、ジョバンニには敬遠されるし、ジャンカルロにはおびえられたんだ。」
眉間にやたらとしわがよった一見すると非常に不機嫌そうに見えるのだが、この話を聞くとなぜだかその表情が悲哀に満ちて見えるから不思議だ。
いや、実際に悲しんでいるんだろうが。
「オルランドは、ぽやぽやとしているし、ベルトランドは興味のないことは気にしない性格だ。アンドレアは人の機微に聡いから、むしろ私の補佐をしてくれるんだがな。その分、ジョバンニとジャンカルロに避けられているのは、辛い……………。」
「そっ、その上ライモンド様には自分のことが嫌いなんだろうって、言われて……っ。」
笑いを押し殺し切れていないベルナルドさんが注釈を付けてくれたおかげで、非常に申し訳ない気持ちになった。
「ご、ごめん、なさい?」
ここで謝るのもなんだか収まりが悪いがそれ以外にかける言葉がなくフェデリコ兄様に謝ると、フェデリコ兄様も同じ気持ちなのだろうか、微妙な表情でこくりと頷いた。




