16話
「ライモンド様。ジャンカルロ様とジョバンニ様がいらっしゃいました。」
「ジャン兄様とジョン兄様が?入ってもらって。」
あの日、俺がベルトランド兄様と北の庭園でお茶会をしてから二年経った。
「ライ!元気かい?」
「今日も来てやったぞ。」
「昨日ぶりです。ジャン兄様、ジョン兄様。」
「今日はクッキーを持ってきたんだ。マリア、紅茶を頼む。」
「はい、ジャンカルロ様。」
俺の部屋の窓際に置かれたテーブルにジャン兄様が持ってきたクッキーと一緒に紅茶をマリアが並べる。
あの日以降すぐにベルトランド兄様がソフィア様と父上にかけあい、すぐにジャン兄様の食生活が見直され、一年経った今ではあんなにも体調を崩していたのが嘘のようだ。。
あれからベルトランド兄様は開き直ったように俺の部屋を訪ねるようになり、キュリロス師匠との剣術指南やジョン兄様とジャン兄様が俺とお茶会をするとき以外はずっと亜人と人とのハーフについての考察を続けていた。
ちなみに、実は南の庭園でジャン兄様が激しくせき込んだとき、本当はジャン兄様がかなり危ない状況だったと知った。
同じくそれを聞かされたジョン兄様が後日俺に謝罪と礼を言いに来てくれて、それ以降ジョン兄様と仲が一気に良くなった。
「あ、そのループタイ使ってくれてるんだね。」
「はい。ジャン兄様にいただいたものですから。」
俺の胸元には、あの南の庭園でのお茶会でジャン兄様が俺に渡そうとしてくれていたプレゼントである緑のループタイがきらりと揺れる。
「で?今日もずっと部屋にこもりきりか?」
「……………はい。俺が部屋を出たところで、周りにはいい印象を与えないので。」
俺とベルトランド兄様とのお茶会と言う名の研究をしてはいるものの、やはり俺に向けられる目は疑うような視線ばかりで、外を歩くのはあまり好きになれずに未だに引きこもっている。
「そう、か…………。」
あの日のことがきっかけになったのは間違いないが、ジョバンニ兄様は殊更それを気にしているのだ。
でも実際にはあの日のことはただのきっかけに過ぎず、それまでの積み重ねがあの日爆発しただけで、まったくジョン兄様は悪くない。
それに最近はベルトランド兄様と議論を重ねることが楽しくてわざわざ外に出たいと思わないのも理由だ。
「でも今日もキュリロス師匠に剣術指南は受けましたよ。」
「東の庭園で、だろう?」
「はい。東の庭園なら俺くらいしか入りませんし。」
それに東の庭園で木や岩、地形を利用してより実践的な剣術指南を受けられるので運動不足にもならない。
つまり今の俺は運動もできる、勉強もできるハイスペックニートの卵だ。
「…………ライ。髪の毛もずいぶん伸びたね。」
ジャン兄様の指がさらりと俺の前髪をくすぐる。
あれ以降人の視線が気になるようになって伸ばし始めた前髪は、今では王家の証でもある俺の緑の瞳を覆い隠している。
「俺と同じ色の目なのに。」
「これのせいで余計に俺を王太子にしたがる人がいるんですよ。」
緑の瞳はチェントロ王国の王家にのみ受け継がれる瞳だ。
そして黒い髪はオスト帝国の皇族にのみ受け継がれる色。
まあそれ故に母上が俺を王太子にと言うのだが。
流石に髪の色を隠すことはできないが、それでも両方晒すよりはましなので目は隠すために前髪を伸ばしているのだ。
自分でもちょいちょいっと前髪を指でいじる。
「ジャン兄様とおそろいなのは嬉しいんですけど。煩わしい声のほうが多いんです。」
「そう…………。残念だね。」
一度目を伏せたジャン兄様だが、すぐにまた俺の髪に触れた。
「でも、俺とジョンの前なら見せてくれないかい?」
いつの間に手に持ったのか、俺の長ったらしい前髪はピンで固定されてしまった。
「うん。やっぱり俺ライの目好きだよ。」
「…………ジャン兄様も同じ目じゃないですか。」
「ライモンドの色よりジャンの色のほうが少し青っぽいだろう。」
「お母様がジョンと同じ青い瞳だからね。」
噂のエルフのソフィア様。
ジャン兄様の件で何度も話自体にはあがったものの一度もあったことはないが、さぞ美しい方なのだろう。
話を聞くだけではソフィア様はジャン兄様やジョン兄様と同じく芸術に秀でていらっしゃるそうだ。
「そうだ。今日はシェンを持ってきたんだ。」
そう言ってジョン兄様が持ってきていた布の包みをほどき、中からすらりとこの世界の弦楽器の一つであるシェンを取り出した。
シェンはモンゴルの伝統楽器である馬頭琴のような形で、三味線のように座って自分の体の前に斜めに持って弓で弾く。
しかしその胴の部分は四角ではなくしずく型で、バイオリンのようにf字孔があり弦の数は五本だ。
たいていが美しく繊細な植物の文様がボディに描かれており、もともとはノトス連合王国で精霊との出会いを祝うために用いられた楽器である。
ジョン兄様が得意とする楽器の一つでもあり、近年ではノトス連合王国だけではなく各国の貴族の令息たちも女性に愛を囁くための必須要件となっている。
その観点からいくとジョン兄様はかなり女性にモテるだろう。
同じ男として羨ましい。ぎりぃっ!
でもジョン兄様だから許せる!!俺のお兄様みんなかっこいい!
少しテーブルから椅子を離したジョン兄様がシェンを構えると、それだけでピンっと空気が張りつめたようになる。
一拍呼吸を置いてから、繊細な指使いでジョン兄様がシェンを弾き始めた。
美しい音色に乗せてジャン兄様が歌を紡ぐ。
それは古代エルフの言葉で、今ではもはや歌以外では聞くことのないその言葉が精霊との出会いを寿ぐ。
二人ともエルフの血を継ぐためか、心なしか空気が軽くなったような気がする。
しばらくして音楽が終わり、ジョン兄様がすっと弓を置いた。
すでにプロとして活動しているだけあってジョン兄様の演奏はとても美しかった。
そしてその演奏に合わせて歌うジャン兄様の歌声も素晴らしかった。
「ジョン兄様もジャン兄様も素敵でした!」
「…………ジョン、俺の弟が可愛い。」
「ジャン、僕の弟でもあるんだぞ。」
なにやら二人でぼそぼそと耳打ちをしあっている。
しかも二人とも真顔で俺の顔を見つめてくるものだから、何かまずいことでもしたのだろうかと心配になる。
「あの、ジャン兄様、ジョン兄様?どうかしましたか?」
「ううん。ライは可愛いなって思っただけだよ。」
「そうだな。」
「ええ?なんですか、それ。」
嘘か本気かわからないが、少なくともそこに俺を厭う意思はなくて、それが酷く心地よかった。
家族の中でも俺自身を見てくれる人は少ない。
母上は言わずもがな、父上も俺のことを愛する息子としては見てくれるけど、なんせ関わる時間が少ない分俺のことを理解してくれていないと感じることの方が多い。
だからこそ、ベルトランド兄様もジャン兄様もジョン兄様も俺にとって特別なのだ。
「好きだなぁ。」
ぽろりと口を突いて出たその言葉にはっと口を抑えるものの、どうやらそのつぶやきはジョン兄様とジャン兄様に拾われたらしい。
「もう!もうライ!!俺も好き!」
「わわっ!」
「ぼ、僕も、嫌いじゃ、ない。なんせライは僕の、その……もう一人の、大切な弟だからな。」
ジャン兄様が勢いよく俺に抱き着き、ジョン兄様が俺の頭を不器用に撫でる。
「兄様。俺も好きです。」




