148話
軽く手を振ると心得ていると言わんばかりにすぐにウルリカが新しい紅茶を淹れなおす。
温かい紅茶を口に含んで香りを楽しみ、ふっと息をつく。
私は七番目が嫌いだ。
あれは私から父上の関心を攫っていったから。
五大国に波紋を起こしただなんてとんだ言いがかりだ。生まれたばかりの彼を王太子にと不用意な発言をしたのは彼じゃない。
悪いのは周囲の大人たちだ。
わかってる。彼も馬鹿な大人の被害者だ。
でも、チェントロでフェデリコ様と七番目との跡目争いが騒がれ、まだオストにその波紋が広がる前。皇帝である父の関心は、いや、父だけじゃない。私の周りにいた大人たちみんなの関心は後継者である私よりも渦中にいる生まれたばかりの彼に注がれた。
それは今まで五大国の一つ、オスト帝国の後継者として関心を一心に集めていた子供の私にとって受け入れがたかった。
自分で言うのもおかしいが、私は優秀な子供だったから余計に周囲からの関心は薄れていった。
それはそうだ。側で勝手に問題なく優秀に育つ子供よりも遠くでこちらを巻き込みかねないほどの波乱を巻き起こし得る子供の方が危なっかしくて見てられない。
それだけならまだよかった。でも、彼の名前がベルトランド様の手によって亜人族と人族の間に生まれた子供に起こる健康障害についての論文に彼の名前が載った時、私ですらなかなか褒めてはくれない父が七番目のことを褒めた。
きっとそれは今まで心配してきた親戚の成長を喜ぶような、そんな軽い気持ちだったのだろうけど、当時まだ子供だった私には衝撃が大きかった。
そしてそれからだ。オストでも私より次期皇帝は七番目の彼がいいのではないかというふざけたことがささやかれ始めたのは。
気付けばまた指先でテーブルを叩いている。
せっかくウルリカが淹れなおした紅茶もまた冷めた。
「新しいものをご用意します」
私の意識が戻ったことを察したウルリカがそう言って再び温かい紅茶を私の前に差し出した。
カップに注がれた飴色の紅茶に映る自分の顔を見つめる。
「彼は傀儡になるような愚か者ではなかった」
先ほどのあの一瞬。楽し気に笑う彼の顔が、まだ私が幼い頃、叔母上がチェントロに嫁ぐ前にオストの城で見たあの無邪気な笑みと重なって見えた。
よくよく思い返してみれば、カップの中に映る自分の顔と彼の顔はどこかよく似ている。
彼はオストでの問題こそ知らなかったが、チェントロ国内における自身の立場をよく理解していた。 彼が語った話を思い返すと、なるほど貴族子息として学園に通わなかった理由も納得できる。
彼自身にとってどうかは置いておいて、周囲にとっては幸運なことに彼は自分の置かれた状況を推測して理解するだけの力があった。
馬鹿な大人のせいで後継者争いを引き起こす不和の芽にされた七番目の王子。
欲深くない日和見主義の普通の貴族ならば生まれたばかりの彼とつながりを持ちたいと考えるものは少なかっただろう。事実、彼に乳母はいないと聞く。
唯一ついた世話係は幼い王子の世話係としては異例の当時未婚だったグリマルディ公爵令嬢だったか。
王族の警護にあたる近衛も下手な人材はおけないからこそ一騎当千のキュリロス・ニアルコスをあてがったアブラーモ王の考えは理解できる。
だからこそ、七番目が分別がつく年齢になって以降もキュリロス・ニアルコスが彼の側にいたのは七番目本人もしくは彼を旗頭に甘い汁を啜りたい貴族による策略かかと思っていたのだ。
なぜなら私の知る七番目はあの誕生パーティーで家族に愛されて何の陰りもなく笑う普通の子供だったから。
自分の家族に愛され守られ、その上私の家族の関心すらも奪っていく。
だから七番目が嫌いだった。
「彼の認知のゆがみは幼少期におかれた環境のせいだろう」
キュリロス・ニアルコスと、今はその妻となったグリマルディ公爵令嬢。そして、彼の経歴を隠すことに協力している若きカッシネッリ公爵。
この三名は七番目と表立って交流していることで知られている。
だが、思えばそれ以外の第七王子派を自称する貴族と七番目が懇意にしているという情報はどれも確証のないものだった。
一向に尻尾を掴ませない七番目による王位簒奪の噂と、最近になって第一王子派のバルツァー公爵令嬢と婚約したという話を聞き、七番目を色眼鏡で見ていたのは私の方だ。
平民に扮したただの貴族令息としての彼の言葉に嘘はないように見えた。
噂でしか聞かない七番目と直接言葉を交わした彼の言葉。信じるのは後者だ。
「頭がいいのも考えものだ」
己に仕えるべきまともな貴族たちに遠巻きにされても文句を言わず。
己を利用としようと近づく愚かな貴族連中を水から遠ざけ。
自身の名が利用されないように力をつけず。
けれど兄のために努力は怠らない。
尊ばれるべき精神は表に出せないから誰にも認められない。
そして、彼の持つ『特別』のせいで自身で自身を認めることもできない。
そんな彼に私はどのような表情を向けたのだろう。
彼の顔に浮かんだあの感情は恐怖と悲しみだ。
「私は大人げないな」
思わず自嘲の声を漏らした私にウルリカとアメットは何も言わずに側にいてくれる。
正直、まだ彼に対して心中複雑だ。長年燻らせてきた彼への嫉妬と恨みは消えてはくれない。それでも、私を普通の男のように友として扱ってくれた彼のことはどうやったって嫌いになれない。
個人的な感情を抜きにして、オスト帝国の皇太子として彼をどう扱うのかも決めあぐねている。
それは彼の立場だけではなく、彼の持つ知識に関してもそうだ。
彼は知識を証明することができないと言った。情報源はすでに亡く、自身で証明するには仮定も過程もわからない。
眉唾物だと切り捨てるには塩湖やアレルギーの知識は非常に有用なのだ。
もしこれを証明することができれば、多くの人が救われるし各分野での研究も進むだろう。
当時まだ一桁台だった彼の発言を信じて有識者を集め、論文の発表にまでこぎつけたベルトランド様のすごさが身に染みるようだ。
「オッキデンスに到着する前には決めなくては」
皇太子としても、ただのヴィルヘルムとしても。




