147話
「ヴィルヘルム様。いかがなさいましたか」
「……いや、気にするな」
彼と入れ替わるようにラウンジに入ってきたアメットにそう言って、混乱する気持ちを落ち着けるように冷めた紅茶を口に含んだ。
「淹れなおしましょうか?」
「いや、このままでいい」
冷えた紅茶の渋みが舌に残って、ごまかすように何もないのに嚥下する。
この胸の苦みも一緒に飲み込めたらいいものを……。
思えば、最初からいたるところにヒントはあった。
珍しくベルトランド様が気にかけている生徒が二人もいると聞いた時、珍しいこともあるものだと思った。と同時に、彼がそこまで気にかけるのであれば、さぞ魔法の腕に長けているのだろうと考えた。
アメットに調べさせると確かに一人は魔法科で優れた成績を残しており、さらには複合魔法の研究にも携わっていると言うのだからベルトランド様が目をかけるのも納得だ。
その一方、もう一人の生徒が騎士科の生徒で、剣士としての腕だけを見るならば凡庸、年相応という評価を聞いて興味を抱いた。その彼が一年目で自分と同じ国へ留学すると言うのだから余計に。
詳しく探ればどうやら自身の劣っている部分を魔法による付加で補い、少数対多数などの戦力差のある戦闘であっても自軍を勝利に導くと言う。
戦力差のある状況を魔法で補う方法ははまさに今オストで研究している魔法スクロールの運用に通ずるものがあると感じたから学園で接触した。
真っ先に感じたのは経歴にしてはずいぶん洗礼された立ち居振る舞い。
それを感じたのは私だけではなくアメットも同じだったようで、すぐに彼、ライの経歴をもう少し深く探らせてみた。
すると、どうやら彼がチェントロ五公爵の一つであるカッシネッリの血族であるということが判明した。
なるほど、巧妙に隠された経歴は自国公爵の手によるものだったからかと。これは一本取られたなと苦く笑ったことは記憶に新しい。
この経歴があまりにも周到に、そして巧妙に隠されていたからそれを、それこそが真実だと思ったが、まさかそれすらも彼の本当の経歴を隠すための罠だったとは。
一向に席を立たない私をアメットが気づかわし気に見ていることはわかっている。
「アメット、彼は自分の能力に対して随分自己評価がひくいと思わないか」
「そうですね。まだ子供と言っても差し支えない年齢ですし、騎士科でも魔導士科でも通用する知識を持ち、それを独立したものとしてではなくうまく組み合わせて自身の弱点をうまく補えていますので、それをもっと誇り驕ってもおかしくはないかと」
「そう、付加魔法の発明は天才的だ。それなのに彼は付加魔法のアイデアは自分だがそれを形にしたのは友人だ。だからすごいのは自分ではないと言う」
それで戦力差のある戦況をひっくり返しても、自分とは絶望的な実力差のあるセフェリノに勝っても、彼は自分の実力を誇ることすらしなかった。
「彼の自己認識が歪だとは思っていた。実際彼と話してその歪みの一端を見た。ただ、その原因だけはわからなかった、んだが」
机を指でトン、トン、と叩きながら言葉を探しているうちに、セフェリノとヴァレンティナを部屋に案内し終えたウルリカが戻ったので入室の許可を出す。
そろった自分の二人の最側近。
さて、どこまで話すべきか。
「アメット、ウルリカ。ライ・オルトネクは七番目だ」
悩んだのは一瞬。最側近である彼らは他の側近とは違い、私がいかなる道に進もうとも私の意思を遂行するために存在する私の手足。
それが血に染まった暗君の道であろうと光に満ちた憲君の道であろうと変わらず最期の時まで私の後ろに付き従うものだ。
オストに残してきた他の側近たちは疑えど、この二人だけは生涯何があろうとも私を裏切ることはないと信用している。
二人は私の言葉に一瞬驚いたように目を瞠らせたものの、すぐさま表情を取り繕った。
「彼の本質を知りたくて塩湖でそれが傷と知りながら彼の傷口をえぐった。その際彼の口から出た言葉は『自分を見てほしい』だ。彼ほどの能力があるなら簡単だろう? なぜならその実力を見せるだけでいい。それだけで馬鹿でなければみんな彼に飛びつく。なのに、彼はそうしない。 卑屈なまでに自分の才能を否定する。彼にとっての何が『特別』なのかは知らないが、あの認識のゆがみはそのせいだけじゃない。根底にあるのは他者からか自己かは知らないが自分自身を認めてほしいという欲求だ」




