146話
ジーッと俺の顔を見つめていたヴィルがおもむろに眉根を寄せた。
なんとなく、その視線が居心地悪くて眼鏡のブリッジを指で押し上げて視線をちょっと泳がせる。
イバニェス伯爵はもちろん、ウルリカさんやヴァレンティナさんも俺のことを見ていたので余計に座りが悪くなる。
どれほどそうしていただろうか。不意に部屋の扉がノックされ、みんなの視線が俺から外れる。
いや、実際には数分もたっていないのに、妙な空気のせいでとても長く感じてしまった。
「ただいま戻りました、アメットです」
「入れ」
ヴィルが短く許可を出すと、一拍おいて扉が開かれてアメットさんとセフェリノさんが部屋に入ってきた。
「あ、の。倒れた人大丈夫でしたか? あと、他に具合の悪くなった人とかいませんでしたか」
「おう。調理場片付けた後しばらく様子見てたんだけどよぅ、さっきの以外は特に具合の悪そうなやつぁいなかったなぁ!」
「治療を施した者もしばらくすると起きて通常通り活動しておりました」
その言葉に俺はほっと胸をなでおろす。
「では、明日も移動がありますし、そろそろお開きといたしましょうか」
「そうですね。これ以上、皆で集まり話をする意味もないでしょう」
そんなイバニェス伯爵とヴィルの言葉によって俺ばかり胃の痛かった話し合いは終わり、ヴァレンティナさんもほっとした様子だった。
「ではおふたりのお部屋にご案内いたします」
ヴァレンティナさんとセフェリノさんはそう言ったウルリカさんの後について行く。
「殿下、私もここで失礼いたします」
と、イバニェス伯爵も部屋を出た。
チェントロからオッキデンスまでの道中必ず利用する町にある宿なので、ハイクラスの部屋を利用する客のみ利用できる簡易ラウンジのようなものがあり先ほどまでの話し合いはそこで行っていたのだが、流れに乗って退出しようにもあの騒ぎのあとすぐにここに来たから自分の部屋がわからない。
「えーっと、俺の部屋ってどこですか?」
「……ウルリカに確認してまいります」
先ほど戻ったばかりのアメットさんにそう聞けば、一拍おいてそう答えてラウンジを出た。
その結果、ヴィルと二人、ここに残されることになった。
為政者の顔をしていないただのヴィルと話す分にはいいんだけど、皇太子としての彼と話すときは俺の事情が何もかも見透かされそうで胃が痛くなる。
すっかり冷めた紅茶を飲むと、再び正面に座る彼の視線が突き刺さる。
「えーっと、何でしょう?」
「いや。私はオストの皇太子としてどうすべきか、とな」
「……あんま見つめられると照れるぜ、ハニー」
あまりにも落ち着かないのでそんな軽口を叩くと、ヴィルは少し驚いたように目を見開いてからすっとその赤い目を細めて笑う。
「なんだ。そんなことを言われるともっと見つめたくなるだろう、ダーリン」
一瞬二人で見つめ合って、それから同時に噴出した。
「ハハッ! ヴィルみたいな恋人とか絶対嫌なんだけど!」
「ひどいな、ダーリン。私は君に興味津々だと言うのに」
「ごめんな、ヴィル……。俺には可愛い婚約者がいるんだ……っ」
「なんだと。私とは遊びだったのか。ひどい男だ」
そんなありふれた、中身のない恋の駆け引きの茶番にノってくれた相手がヴィルだという事実がおかしくてクスクス笑いあっていると、不意にその赤い目と視線が合った。
眉尻を下げて目を三日月に細めて笑っていた彼の顔が、不意に固まりぎゅっと眉根がよる。
そのまま何か不可思議なものを見るように片眉をあげた彼の目が徐々に見開かれていって、そしてこちらを睨むように細められた。
なぜヴィルがそんな表情をするのかがわからず困惑する俺をよそに、ヴィルが信じられないと言わんばかりに口を開く。
「おばうえ……?」
一瞬彼の言葉が理解できずに止まった思考が俄かに動き出し、その言葉の意味することを知る。
不意を突かれたその言葉に、咄嗟に繕うこともできずに驚愕に顔を染めた俺の表情からそれが正しかったと確証を得たヴィルの表情が嫌悪の色に染まるのを見た。
「なぜ、お前が……」
それ以上言葉を聞きたくなくて、ガタリと椅子が音を立てるのも気にせず立ち上がって逃げるように従兄のいるラウンジを出た。
「っと、申し訳ありません。どうしましたか?」
今まさに部屋の戸をノックしようとしていたアメットさんの顔を見ることができない。
「へ、や……、どこですか」
「こちらの部屋ですが、ご案内しま、」
「いや、大丈夫です」
差し出された鍵を半ばひったくるように受け取った俺はそのまま鍵についたタグに書かれた部屋へと駆け出した。
俺に用意されたのは、多分宿の中ではグレードのいい方の部屋。
一人には広いその部屋に駆け込んだ後、後ろ手に鍵を閉め、走ったせいで早くなった鼓動を落ち着けるためと嘯いてそのままずるずると床に座り込んだ。
話をして、人となりを知って、それでも彼が俺を嫌うなら……。
(好かれることは諦めようって、思ってたのに……)
ライをライモンドと認識したあの瞬間。つい数秒前まで俺に好意を向けていた目が嫌悪に変わった。
それは思った以上、自分でも信じられないくらいショックだった。
「…………ヴィルに、嫌われるのは、嫌だなぁ」




