140話
出立の準備が整い、ほとんどの荷物を馬車に積み替えた後、平民貴族まとめて乗り込んだ幌馬車が道を進む。
幌から少し顔を出して朝陽を受けて輝く塩湖を見る。
風の極端に少ないこの国は、同様に雨もほとんど降ることがない。
五大国に比べると国土は狭いが、小国の中では決して小さいとは言えない国土を有しているサルムルト。
しかし、そのほとんどが死の湖で覆われており、農作物を育てるどころか家畜をかうことすら困難。
水資源が豊富な瀑布の谷カタラータと隣接していることはサルムルトの民にとって不幸中の幸いといえるだろう。
「さて、ライ。せっかく同じ馬車になったんだ。私たちと話をしようか」
最も御者台に近いところに布とクッションを敷き詰めて作った玉座に座りそうのたまうヴィルの顔のいいこと。
なんで俺の家族って親戚に至るまで顔がいいやつしかいないの? 嫌がらせか?
俺の顔だって不細工とは言わないけど、やっぱりヴィルに比べたら華やかさに欠ける。
なんて言うんだろう。圧倒的モブ感。オーラが足りない。雰囲気イケメンの逆だ。顔は父上と母上譲りでいいはずなので、纏う空気が圧倒的モブ。
「……話ってなんの話ですか? 難しい話は嫌ですよ?」
「なに。君が話してくれた塩湖や食べられる魔物の話みたいな話で構わない。君はなかなかに面白い知識を持っている。それは私やイバニェス伯爵のもたないものだからね。聞くだけでも楽しいんだよ」
「それはいいですね。ぜひ私も君の話を聞きたいものだ」
「急に言われても困るんですけど……」
と、ヴィルを支持するようにイバニェス伯爵もそんな風に言うものだから、視線をうろっと泳がせて話題を探す。
塩湖の時もカニの時も特に何も考えずに発言してたからなぁ。
あくまで『俺』の知識を何も考えずにぽろっとこぼした程度だから、改めて何か話してほしいと言われると困ってしまう。
と、視界にセフェリノさんが目に入り、口を開く。
「じゃあ、俺がカニ食べた時驚いてたみたいですけど、魔物を食べるのって珍しいんですか? 特に冒険者なんて場合によっては現地調達しなきゃならないこともあるでしょ? それこそ塩湖のど真ん中で食材なくなったらどうするもんなんですか?」
「お⁉ 俺に聞いてんのかぁ⁉」
視線をセフェリノさんに向けていたためか、セフェリノさんはその大きな体をびくりと揺らして言いよどむ。
「この中でそういう冒険したことのあるのってセフェリノさんとヴァレンティナさんだけかなって。 イバニェス伯爵はあくまで伯爵だしそういうリスクのある冒険はしないですよね?」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
と、同じく話を振られたヴァレンティナさんもどうしたものかと困り顔を浮かべた。
その視線が世界トップレベルの権力者である皇族のヴィルを気にしている。
「ヴィル様のことはあまり気にしなくていいと思いますよ。むしろ、そういう話が聞きたくて二人と一緒に幌馬車に乗ってるところもあるでしょうし。じゃなかったら俺は軽く五回は不敬罪で捕まってます」
「そうは言っても坊主はお貴族様だからそんなこと気軽に言えるんだろぉ」
「貴族だろうが皇族の前ではあんまり意味ないですよ。第一、命を狙われたわけでもあるまいし、平民の言動にいちいち目くじら立てるほどヴィル様の器ちっちゃくないですって。むしろその程度で怒る小物は貴族に向いてない」
上に立つものとして礼節を重んじることは秩序を守る上で大切だ。しかし、寛容さがなければそれもただの暴力になる。
ここは公的な政治の場ではなくあくまで私的な学ぶための場である学園の延長線なのだから、求められるのはより良い治政を敷くために教えを乞う柔軟さ。
特に、半分公的な態度が求められる学園そのものではなく留学に赴く道中というより私的な場所なのだから、ここでヴィルが平民のセフェリノさんたちを罰するのは利点がまったくない。
と、いうようなことをセフェリノさんとヴァレンティナさんに説明すると、生粋の貴族であるヴィルはそんなはっきり言わなくても、と微妙な表情を浮かべる。
「まぁ、その通りだが。それにしたって、言い方があまりにも明け透けすぎないか?」
「セフェリノさんたちは、明言しないことが美徳で遠回しな言い回し大好きな貴族じゃないですからね。俺だって言葉を装飾するのなんて公的な場で貴族同士話す時か、意中の相手を口説く時だけで十分です。むしろ直球で言葉にするほうが楽でいい」
「そういうものか?」
「そういうもんです」
軽口を叩きあうとアメットさんが怖いが、ヴィルが許しているためか視線が突き刺さることはない。
ヴィル自身も俺との掛け合いを楽しんでいる節があるからなぁ。
「ということは、ライでも女性を口説くときには言葉を飾るのか」
ふむ、と一つ思案顔を浮かべたヴィルがなぜかそんなことを聞いてきた。
「は? あぁ、まぁ。そりゃ好きな人口説く時くらいは姿も言葉も飾るでしょうよ」
「君は私相手でも阿ることがないからいつでもそのままだと思っていたが、案外ロマンチストなんだな」
「まぁ、俺ってロマンで生きてるとこあるんで」
「ふふっ。君がどうやって女性を口説くか興味が出た。その時はぜひ私も呼んでくれ」
「えー、ヴィル様に惚れられたら困るから絶対ヤダぁ」
「ちなみに聞くが、どっちの意味で?」
「もちろんどっちの意味でも」
「フッ、ハハッ! そうなったら私も困るな?」
大変不敬な発言であるにもかかわらず楽しそうに笑うだけのヴィルに、セフェリノさんとヴァレンティナさんは少し顔を見合わせてからその身から力を抜いた。
と、言うか。
「………ヴィル様性格変わってない?」
「いや、元から私はこんな性格だよ」
いやいや、絶対うそでしょ。
みんなの顔見てよ。
イバニェス伯爵とかポカンとしてるし、アメットさんもちょっと目を瞠って驚いてるじゃん。
「君との会話は楽しいからね」
「まぁヴィル様が楽しんでるのはめちゃくちゃわかりますけど」
むしろ楽しくないのにこれだけ軽口言ってるんなら、俺は今後何を信じていいのかわからない。
「……私に阿らない同年代との会話と言うのは貴重でね。つい興が乗ってしまった。迷惑ならば今後は控えよう」
そう言ったヴィルの笑顔は美しいが、先ほどまでの素の笑顔とは違い明らかに作られたものだ。
自他ともに認めるシスコンな俺にはその表情が妹のエルフリーデと重なってしまい、罪悪感が湧き上がる。
従兄妹だから顔の系統が似てるんだよなぁ……ッ。
「~~~ッ、まぁ、ヴィル様が気にしないんだったら俺は構いませんけど」
「そうか。ならばそうしよう」
俺の言葉にパッと弾けんばかりの笑顔を浮かべたヴィル。
明らかにはめられた。なんだかんだ俺が許可すると踏んでわざと俺が気付くレベルの作り笑顔をしやがったな、コイツッ!
いや、まぁそれにまんまとつられた俺も俺なんだけど!
「そう言えば、今日は野営じゃなくて町に泊まるんですよね?」
「ああ、そうだ。途中休憩を何度か挟んで昼過ぎごろには着く予定だ」
「オッキデンスとチェントロを繋ぐ街道の内、サルムルト国内では最後の宿場町になりますね」
「では町に入る直前の休憩でカニを狩りましょうか」
サルムルトの気温は特別高いわけではないが、それでも冬のように寒いわけではない。
今狩っても町で食べる時に身が悪くなっても困る。
「じゃあ、今度はどうやって楽に狩れるか、作戦会議としゃれ込みましょうか」




