14話
「がくえん………。しょとうきょういくはおうきゅうでじゅうぶんまなべるとおもいますが。」
「初等教育は単に学術の基礎の基礎を学ぶだけだろう。私が言っているのはその先だ。中等部に進み魔術の何たるかを学び、そのまま高等部で魔法の研究を続ければいい。その発想、着眼点をもってすれば、この世界の魔法への理解研究が一気に進むはずだ。」
この世界には各国に必ず一つは学園や学校と言うものがあるのだが、世界の中で最も大きな学園がチェントロ王国の学園だ。
チェントロ王国の学園には、大きく分けて三つのグレードがある。
平民や、下級貴族で家庭教師を雇う余裕のない者たちが歴史や計算などの一般教養を学ぶための初等部。
初等部をでた学生や、一定の試験をクリアした貴族たちが専門的なことを学ぶための中等部。
中等部では、騎士科や魔導士科などの職業ごとの科が存在しており、それぞれの学生が将来何になりたいかによって科を選べるようになっている。
高等部は、主に学園で教師として働くために学ぶ場だ。
これは何か研究でいい成績を残したり、もしくは中等部にある科と同じ職業に就いたことがあるものが、人に教える方法を学ぶのだ。
また学園の教授になれば大学の教授と同じように、それぞれの専門分野の研究費用も支給されるので、学者はこぞって学園の教授を目指すのだ。
確かに現在飛び級で学園の教授の座についているベルトランド兄様が大気中に存在する水を知らなかったところを見ると、別段日本で科学を専門的に学んでいなかった俺の知識でもよっぽど進んでいるのだろう。
しかし専門的に魔術や科学の研究をしたいかと言われれば、別に勉強はそこまで好きじゃないし、できれば遠慮したい。
「おれべんきょうしたいわけじゃない。」
「だがその頭脳を使わないのは社会に対して大きな損失だ。」
「ならおれがきづいたことそのままベルトランドにいさまにつたえるので、それをベルトランドにいさまがよにはっしんすればいいのでは?」
「ふざけるな!弟の研究成果を自身のものにするほど落ちぶれていないぞ!!」
ダンッとこぶしをテーブルにたたきつけたベルトランド兄様にびくりと体が跳ねた。
そこで俺は自分の失言に気が付いた。
ベルトランド兄様を含め、学園で教授をしている人達は本気でその分野が好きな人だ。
新しいことを発見すれば嬉しいし、それが自分の発見なら喜びはひとしお。
確かに自らの名声を上げたいがために人の研究を盗むものもいるだろうが、ほとんどの研究者たちはそうじゃない。
それぞれ誇りをもってその研究をしているのだ。
「あの、すみません。けいそつでした。」
「………いや、私も声を荒げてすまない。だが、人の研究を盗むつもりはないし、そんなもので私の評価が上がったところで嬉しくもない。」
ベルトランド兄様はバツが悪そうに視線をふいと逸らせ、後頭部を掻いてその髪を乱す。
「今日話して改めて思ったが、ライモンドは私なんかよりもよっぽど頭がいい。それは一種の才能だ。だからこそ、母親の一存でその才能が発揮されることなく潰えるのは避けたい。才能のためかと言われてしまえばそこまでだが、ありていに言ってしまえばお前を心配している。」
だから母上の従者がいないこの北の庭園に俺を呼んだのか。
母上に仕える従者は少ないが、逆にその少ない従者からは崇拝されている。
ベルトランド兄様が俺の知識のためとはいえ母上から俺を引き離そうとしていると知れば、きっと従者たちが黙っていない。
「それでキュリロスししょうにしつもんさせたんですか?」
あくまでキュリロス師匠がしっているのは魔法の基礎だ。
だから、俺がもしも高度な魔法を使っていたとしたら理解ができずにベルトランド兄様に伺いを立てる必要がある。
もしそれが単純なものだとしても、もっと詳しく話してほしいと言えば俺を連れ出すことは可能だ。
キュリロス師匠とマリアに懐いている俺が二人と一緒に外に出ることはおかしくない。
もしもそれでキュリロス師匠が睨まれたとしても、キュリロス師匠の剣の腕前があれば対処可能だろう。
はぁぁぁぁぁぁっと長い溜息をついてテーブルに突っ伏す。
俺を引き出すためになんて面倒で回りくどいことをするんだ。
しかも自分はあくまで安全圏から。
キュリロス師匠が俺の安全のためにもそう言った母上の勢力を撒いてくることも想定の範囲内だったんだろう。
「…………ベルトランドにいさまってせいかくわるいですね。」
「……………せめて策士と呼んでくれ。」
「で、ベルトランドにいさまのぎもんはかいしょうされたんですか?」
改めてベルトランド兄様に向き直ってそう尋ねると、楽しそうに笑みを深めた。
「そうだな。私が一番知りたかったことはわかった。だが新しい疑問も湧いた。」
「どうせここにはみみもめもないんですからおはなししましょう?」
「ほぉ?いいな。ではしばし建設的な話し合いでもしようか。」
周りからしたら当たり前のことなのだが、五歳児とまともに議論を交わそうとする奴なんていない。
しかし、考えてみてほしい。
俺は自分が転生していることも理解しているから、今の俺が五歳児だということも重々理解している。
だが俺の頭の中に詰まっているのは一度成人した思考回路と価値観と知能だ。
いくら表面的に自分のことを子供だと思っていたとしても、無意識下で俺は俺をひとりの大人だと思っている。
つまり何が言いたいかと言うと、頭を使わなさ過ぎて脳みそのしわがなくなりそうだ。
せいぜい頭を使うことと言えば子供向けの絵本やおもちゃ。
難しい本を読むことはおろか、マリア以外で俺に外の話をしてくれるものはいない。
そのマリアでさえ子供の俺にわかりやすいようにかみ砕いて簡単なことしか言わないので、本当に頭を使わないんだ。
頭は使いすぎると疲れるが、使わなさ過ぎても疲れるものなのだと初めて知った。
まあつまり何が言いたいかと言うと、
「ですから、あじんとひととのハーフなんですから、りょうほうのせいしつをうけついでいるにきまっているでしょう。」
「だが、一般的にハーフには亜人の特徴が色濃く出る。これは亜人に近いと考えるべきなのではないか?」
「なかにながれるちのいってきまでつぶさにかんさつしたんですか?」
「………いや。血を観察してどうなる。」
「ひとをかたちづくるのはがいけんからだけではすいさつできませんよ。」
正直普通に議論を交わせることが楽しくて話し過ぎました。




