139話
俺の本当の素性を明かしてはいないものの従兄であるヴィルと話し合った翌日以降、俺の偽の出自に関しては旅メンバーの中では公然の秘密となってしまった。
ヴィルとの会話で察するに、俺の経歴上の両親はカッシネッリ公爵家の傍系の内の一つで、ホフレが後見人になっているようなのだ。
俺としてはそのまま偽の出自も隠してただの平民で通しておきたかったのだが、ヴィルから旅の間だけでももう少し気安く話ができる間柄になりたいとの申し出がありイバニェス伯爵に明かすこととなった。
そして俺はヴィルが俺をイバニェス伯爵に紹介する時に初めて俺の偽の経歴を知ったのである。
なんで? なんで俺の経歴を俺以上に他国のいとこの方が知ってるの?
俺がその辺りの設定を面倒だからとホフレに丸投げしたせいですね、すみません。
学園都市で平民に紛れるための細工や手続き全般をホフレに頼んだのは俺だ。
俺の願いを何も言わずに喜んで最大限に叶えてくれると言う点でホフレを重用し、そのまま確認しなかった俺が悪い。
今までもホフレは俺が必ず把握しておかなければならないことは教えてくれたけど、それ以外は勝手に判断して勝手に処理してくれていた。
そのおかげで王宮内にいた時のように常に気を張る必要もなく、興味のない王太子レースなどという些事に気を取られずに自由にできてとても楽しかった。
それもこれも、俺の代わりに派閥のトップに立ってコントロールしてくれているホフレのおかげだ。
そう思うと今まで意識してこなかったけど、俺は相当ホフレの好意に甘えているな。
だって、これをもし常識人であるバルツァー将軍に頼んでいたら、いくら俺が平民に扮したいからその身分を作ってほしいだとか平民として暮らせるように住まいを手配してほしいと言っても渋い顔をして首を横に振られていただろうし。
まあ俺が王子である以上それが当たり前の反応なんだけど。
でも、ホフレは俺がやりたいことをやらせてくれる。
国に仕える貴族としての良し悪しはおいといて、彼は本当に俺にとって理想のいい部下なのだ。
俺に多くを求めず、俺の言葉に従順で、俺の願いは二つ返事で叶えてくれる。
その上頼んでいない露払いもきちんとしてくれて、安全の保障を怠らない。
俺にとって都合がよすぎる。言い方は悪いが、まさに理想の都合のいい駒である。
キュリロス師匠が懐刀だとすると、ホフレはまさに俺の手足だ。
俺、というか。俺と母上とエルに対しての狂信的な振る舞いのインパクトが強くてその有能さをついつい忘れてしまうが俺が最も労わらなければならない相手ってもしかしてホフレなのでは?
オッキデンスについたら労りの手紙を出しておこう。
おそらくオスト側に俺が貴族であるという偽の出自が流れたのもわざとだろうな。
俺がカッシネッリ公爵家の後見する貴族だと知れば、この旅中何かがあればヴィルは貸しを作るためにも俺を必ず助ける。
五大国の一つであるチェントロの公爵家へ貸しを作れるのはでかいからな。
そして旅の途中でヴィルが俺をイバニェス伯爵へ紹介することも想定内だろう。
ヴィルが俺をイバニェス伯爵へ紹介することはオッキデンス側への貸しになる。
オッキデンスは情報収集の未熟さから危うく五大国の公爵家の人間を粗雑に扱う所だったからね。
最も、俺が許せばの話だが。俺の許しなしにヴィルが俺の正体をオッキデンス側にばらせばオッキデンスへ貸しは作れるが俺からの心象を悪くするから。
だから俺から許可を得てイバニェス伯爵に俺を紹介できるとなった時、オスト側からしたら最良の結果を得たと言える。
俺が俺自身の偽の経歴を知らないとかいう馬鹿の所業も、ヴィルに任せてれば俺自身の口から説明する必要はないし、知らないことは曖昧に笑ってりゃ『あ、言えないことなんだな』って相手が察して深く突っ込まれないしね!
いや、でもやっぱり俺に一言くらい報告してくれててもよかったんじゃないの?
ホフレは俺のこと過大評価し過ぎなんじゃない?
そういや、前に貰った報告書という名の手紙もそうだったな。
母上派を自称してたやつらが俺の派閥を名乗ってたからシメときましたって報告しかしてこなかったからな。
言葉足らずが過ぎると思うんだ。
でも、そんなホフレの何がすごいって最低限以下の報告しかしてこないのに俺の生活には一切支障がないってこと。
頼む。俺に報告を回してくれ。
俺の剣術指南と護衛の任を解かれた後、どの王族にも付いてないキュリロス師匠や師匠と結婚したことで王宮を去ったマリア以外で情報に関して頼れるのは現状ホフレだけなんだ。
幼少期に俺を直接守れなかったことを負い目に感じているらしい兄様たちは未だに俺に対して過保護だしな。
こればっかりはオッキデンスについてから労りの手紙と一緒に情報を回してくれるように頼んでおこう。
それはさておき、そんな経緯から俺の知らない俺の経歴が事実としてオスト皇太子の口から他国の貴族へと語られるとか言う訳のわからないことが起きた。
イバニェス伯爵としては知ってしまった以上チェントロの公爵家が後見する貴族の俺を平民と扱うことができずにその情報はそのままセフェリノさんとバレンティナさんへ下りていく。
結果、表向きは平民だが実は高位貴族であるとみんなが知る状況になったわけだ。
「ライ。せっかくだから、私と一緒に馬車で移動しないか?」
「俺は平民なんで幌馬車で十分です」
「平民とはいえカッコつきのだろう?」
「馬車で移動してたらなんのためにカッコつきかわからないでしょ。そういうの経験するためのカッコなんだから」
「ふむ、一理あるな。ならば私がそちらに移動しようか」
「いや、ヴィル様はお貴族様でしょ?」
「それを言うなら君もだろう?」
「俺はカッコ付きですぅー」
公然の秘密と言ったな? あれは嘘だ。もはや秘密の体もとってない。ヴィルが一切隠す気ないし、俺も知れ渡っている偽の経歴をあえて隠す理由もないのでもはや公然の事実となった。
この自由人を何とかしてくれとアメットさんを見れば、ヴィル命のアメットさんとウルリカさんはすでに幌馬車の中にクッションと布を敷いてヴィルの座るスペースを作っていた。
「ならば私もそちらに乗せてもらっても構わないだろうか。馬車に荷物を移動させればスペースも広くとれるだろう」
などとイバニェス伯爵が言うものだから、セフェリノさんとバレンティナさんが青い顔をさせつつ進んで荷物を幌馬車から馬車の中へと移し変えた。
味方などいなかった。強いて言うなら本音では貴族と同じ馬車に乗ることを恐れ多いと思っているセフェリノさんとバレンティナさんだが、彼らにとっては俺もまた貴族であるため味方ではない。なんてこった。
幌馬車を操る御者さんが不憫でならない。
幌馬車と皇族対応の馬車。サスペンションなどの性能の差は言わずもがな。
なのに皇太子とそのお付きの公爵家の人間、伯爵家当主を乗せてオッキデンスまで馬車を走らせなくてはならなくなった。
しかも、ここまでの道程で公爵家を後見に持つ貴族を乗せていたと知った御者は顔を青を通り越して白くさせていた。
はぁーーーッ! 申し訳ねぇ……ッ。
でも、そもそも昨日ヴィルが問い詰めなきゃ俺いうつもりなかったし!
恨むならヴィルのことを恨んでくれ。
やっぱりアメットさんが怖いから俺でいいです。 俺が悪いです。




