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第七王子に生まれたけど、何すりゃいいの?  作者: 籠の中のうさぎ
留学編

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136/140

136話

 従兄の言葉がなめくじのようにじくじくと俺の心の弱いところを蝕みながら入り込んできて、たまらず大声をあげて彼の手を弾いた。

 心臓がバクバクと早鐘を打ち、ジワリと冷や汗をかく。先ほどまで従兄の声しか耳に届いていなかったがハッハッと犬のように浅い呼吸音が聞こえ、しばらくしてようやくそれが自分のものだと自覚する。

 じっと俺の顔を確認していた従兄が手をあげて軽く振るとすっと空気が軽くなり、そこでようやくアメットさんから殺気に似た威圧を飛ばされていたのだと気が付いた。

 眼鏡も髪の毛も気にせずに、ぐしゃりとそれらごと手で顔を覆い隠す。

 あぁ、こんな気持ち、気が付きたくなかった。

 俺はどうしようもなく目の前の従兄に嫉妬していた。

 俺と同じ黒を持つのに堂々とできる立場に彼にどうしようもなく嫉妬している。

 万が一王太子の立場になんてなったら重荷だから、そうならないように目立たず貴族の目から隠れて生きるのも自由でいいと思っていたのに。

 それはまごうことなき本心だ。フェデリコ兄様を押しのけて王太子なんかになりたくない。俺が表舞台に立って目立つことでいつまでも王宮がギスギスするくらいなら俺は目立ちたくなんてない。

 重荷を背負いたくない。自由で居たい。縛られたくない。その気持ちに嘘はない。


「君は、どうしようなく、他者に君自身の存在を認めてほしいと思っている」


 心の奥底で幼い俺が泣いている。 

 ジャン兄様を助けるために南の庭園で水蒸気爆発を起こした頃から、チェントロの緑を、家族と同じ目の色を隠した頃から。ずっと。

気付かないふりをして傷ついた心に蓋をしてきたせいで膿んだそこからどろりと幼い嫉妬が零れ落ちる。


「おれ、は……っ。おれをみて、ほしかっただけなのに……っ」


 幼い俺が、あの時俺の母親役を担っていたマリアにしか叫べなかった気持ちを叫ぶ。黒髪なんて欲しくなかった。緑の瞳なんて厄介なだけだ。“特別”はいつだって俺から何もかもを奪っていった。そのくせ『特別』がないときっと俺は寂しさに押しつぶされていた。でも本当は、この世界での“特別”も、前の記憶を持つが故の『特別』も、そんなのほしくなかった。

「でも、その特別が君のその言葉を奪った。だから、君は他の誰が認めてもその特別を受け入れられない。だって、そのせいで君はずっと苦しんでいる」

 そうだ。だって、俺は『俺』には記憶がある。『俺』は子供じゃないんだから。

 なんどもそうやって言葉を飲み込んだんだ。

 いつのまにかあふれた涙が足元に落ち、新たな波紋を呼んでいる。ぐちゃぐちゃな俺の心を表すようにいくつもの波紋が水鏡をにじませあの綺麗な星々を隠してしまう。


「ライ。私は他の誰でもない君が欲しい」


 どれほど時間がたっただろうか。ぐちゃぐちゃだった俺の心が落ち着く頃を見計らって、いつの間にか俺と向き合っていた従兄がそっと俺の肩に手を置いた。

 顔を上げると慈愛の笑みを浮かべた彼が、まっすぐ俺の緑の目を見つめる。

「私は君の持つ特別が何かは知らない。でも、特別なものを持っているのに、その特別に頼らず努力を重ねられるところは間違いなく称賛されるべき君自身の才能だ。その上思慮深く、頭の回転が速い。少々理屈っぽいところはあるが、ユーモアを忘れず、行動に移すだけの度胸もある。私は、そんな君のような者にこそ私の背中を預けたい」

 黒いまつ毛で縁取られた赤い瞳に俺が映る。

 あぁ、ひどい口説き文句があったものだ。

「………とんだ、人誑しだな」

 無遠慮に心の中をぐちゃぐちゃに踏み荒らされたと言うのに、彼の言葉がすごく魅力的に聞こえてしまうから笑えない。

 さすがは皇太子様とでも言うべきか。いや、これは従兄殿の生まれ持った性質も関係しているな。

 元々観察力があり、相手が何を欲しているのかを察する力に長けている。だから甘言が上手く、カリスマ性も相まって人を惹きつける。

 そして、皇太子ゆえにそれを利用することを厭わない傲慢。

 甘いだけでは信用できず、非道なだけでは信頼できない。

 正直、為政者としてならフェデリコ兄様よりも従兄の方が好みだ。

 人の心をぐちゃぐちゃにしてきたその舌の根も乾かぬうちに、そんな俺に背中を預けたいだなんて言う。

 傲慢で、自信家で、甘くて、非道。そのくせ品行方正でストイック。

「俺がもう少し責任や義務を気にしない性質だったならあんたについて行きたいって思うくらいには誑しだな。しかも自分で人の自覚してないトラウマえぐって救いの手を差し出すなんて、ひどいマッチポンプを見た……」

 俺がうなずくと思っていたのか、おや? と目を瞬かせた従兄は俺が身じろぐとすっと俺の肩から手をどけた。

 魔法で色を変えたグレーヘア―で瞳が隠れるように俯いてから色付きグラスのはまった眼鏡をはずして涙で濡れた目元を擦る。

 従兄の目には、灰色の髪と黄色い瞳を持つ男が映っていた。

 俺が黒髪と緑の瞳を持っていたと知っていたら、たぶん従兄は俺のことを勧誘なんてしなかった。

 だって現状俺はチェントロにとってもオストにとってもいつ爆発するかわからない爆弾のようなものだから、皇太子である従兄殿は国のためにもそんな判断は下さない。

 眼鏡をかけなおしてから顔を上げ、再びサルムルトの星空に目を向ける。

 虫の声すら聞こえない静寂は自分の気持ちを整理するのにぴったりで、サルムルトの幻想的な星屑の海の景色は心を落ち着かせるのに最適だ。

「ちなみに、参考までに聞きたいのだが、私のどのあたりがダメだったのかな?」

 人の心を踏み荒らしたくせに一切悪びれもしない従兄はどこまで行っても人の上に立つ為政者らしい。下手に善人ぶられるよりもよっぽど好感が持てる。

「あんたに駄目なとこはなかったよ。危うく誑し込まれるところだった」

 一度涙を流してしまえば不思議と精神は落ち着くものだ。

 まぁ、元々涙の役割が副交感神経がどうたらこうたら。つまりはそういう理由で流れるのだからさもありなん。

 先ほどまでの取り乱しっぷりはどこへやら。むしろすがすがしそうな表情を浮かべる俺に従兄はつまらなさそうな顔をする。

「そのまま誑し込まれてくれればよかったのに」

「ははっ! それも楽しそうだけど、悪いけど俺が仕える人はもう決めてるんだ」

「……一足遅かったか」

「俺が仕えるのは一人だけど、俺の心に寄り添ってくれた人があんたの前に少なくとも八人はいる」

「だいぶ遅れをとってしまっていたのだな」

 精神的に疲れていることもあり、今更取り繕う気になれずに素で話すと、従兄もそれを咎めることなく気負わず軽い調子で会話が続く。

「だが、そうか……。君にそこまで想われている未来の主が羨ましいな。私の背中を信じて任せられる部下として君が欲しいと言った私の言葉に嘘はないからね」

 その言葉に従兄の方へ顔を向けると、一見いつもと変わらない表情をしているように見えるがなんとなく面白くなさそうな表情をしているように見えてしまう。

 それが拗ねた時のエルと重なりふき出しそうになって慌てて顔を背けたが、逆に不自然な動きをしてしまい従兄にバレた。

 じとりとした視線を向けられて慌てて取り繕う。

「愚痴があるなら聞こうか? 俺も半ば無理やりとはいえずっと心の中でくすぶってた話聞いてもらってすっきりしたし。たとえオスト国内のことを聞いたところでそれをどうこうする理由もないしね」

 従兄は俺の為にやったわけじゃないし、むしろ自分の手駒にするために人の心を無理やり暴いたとはいえ。それでも従兄の言動は俺が昔の心の傷と向き合うきっかけになった。

 それにはむしろ感謝している。

 だから、わざわざよそ者の俺に『背中を預けたい』だなんて。誘い文句にしては随分すぎる言葉を使ったことが気になった。

 別段人の機微を読むのに長けているわけでもない俺が表情を取り繕うのが上手い従兄から彼と同じ方法で言葉を引き出すことなんてできない。

 でも話してくれるなら、それを知らないふりして聞くことくらいはできるから。

「独り言くらいの気軽さでどうぞ?」

 あまりにも雑な俺の言葉に従兄の顔がふにゃりと歪む。なんとも情けない、それでいて自然なその表情を俺はみなかったことにして視線を地平線の果てまで続く星空へと向けた。


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― 新着の感想 ―
 主人公はこんな複雑な感情を持っていたんだって気づけました。人間らしさが感じられてこの辺のエピソードすごい好きです。
お互いに嫉妬してるの知ったらどうすんのかね? リアクションに困るよ……
よく耐えた だけどその愚痴 聞いて大丈夫? 
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